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コツ通り

050912
 去年秋より、東京の川の手方面に住んでいる。台東区と荒川区の境界付近。別に「下町に住みたい」と思ったわけではなく、部屋の広さや間取り、交通の便、予算等で、都内中を探した結果、ここに手頃な物件があったというだけである。でも引っ越した後、自転車で近所を走り回るようになってから、濃い歴史のあるこのあたりの土地柄も面白いかなと思うようになってきた。
 CDレンタル屋や、100円ショップに用がある時は、南千住駅前のLaLaテラスに行くのだが、南千住の旧メインストリート(吉野通り)を、通称「コツ通り」と呼ぶらしい。実は、この南千住の駅前は、江戸時代は刑場として知られていた。「コツ通り」という名前は、地面を掘ったら人骨がザクザクという所からきたという説と、「小塚原刑場」の名前からきたという説と大きく2つあるようだが、おそらくどちらも本当なのだろう。「小塚原で、お骨が出るからコツ通り、ってなもんでェ」ってなもんである。
 南千住に刑場があったことを認知したのは、先日京極夏彦「続巷説百物語」を読んだ時である。この中の「狐者異」という短編で、主人公が「不死身で殺しても何度も生き返った」という噂の悪党の晒し首を見物に行くのだが、浅草方面からの道程を読み進めていくと、どうもこいつはうちの方向に向かっている(笑)。結局そいつはうちの近辺は通過していったのだけど、吉原があり、神社仏閣がそこら中にあり、そして仕置場がある、ほの暗い歴史がふと身近に感じられた瞬間である。
 「コツといえば千住」という話は、立川談志師匠の「新釈落語咄」で発見。落語ってのは前から気になっていたので、つい手に取った本なのだが、江戸落語の登場人物(熊さんや八っつぁん)たちが住んでいた舞台というのがまさにこの近辺なので、うれしくなると同時に、「彼らはこの狭い地域以外の者は田舎者だと思ってたのかな」と、ちょっと意地悪な見方もしてしまう。この本、なぜか「新釈落語咄」と「新釈落語噺その2」となっていて、「咄」と「噺」で字が違う。なんでだ?
 それにしても、商店街に「コツ通り」なんていうある意味不吉な名前をつけてしまうあたり、江戸っ子ならではの斜に構えたセンスが感じられて面白い。

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