« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »

騒音の質の問題と「分音」

 何を今さら、である。
 六本木のドン・キホーテの屋上の絶叫マシンの騒音問題が取りざたされている。さっきも「バンキシャ!」で、通常の街の騒音と絶叫マシンからの悲鳴を、同じ音量レベルで聞かせたときの脳波を比較し、人の悲鳴の方が強いストレスを与え、不快な感情を呼び起こすのだという実験を紹介していた。当たり前の事を実際に実験して示すのはいいのだが、問題は今回のように派手な話題性のある場合だけ取り上げられ、それが氷山の一角にすぎず「精神にこたえるような騒音」に日々苦しめられていても法律も行政も助けてくれず困っている人が全国にいくらでもいることに全く目が向けられていないことに、ついいらだちを感じてしまう。
 実は昨年、前に住んでいた場所からの引越しを決意した理由が、隣家の犬の吠え声であった。飼い主が不在で淋しくなると、何時間でもヒステリックに吠え続ける馬鹿犬が近所に2匹おり、基本的に在宅で仕事をする私としては、ストレスが限界に達していたのである。さすがに夜中まで吠え続けることはあまりなかったが、夜中に仕事をするなら昼間は寝たいのだし、昼間寝ることも仕事をすることもできないというのは、生殺しに近い状況である。
 犬の吠え声というのは、機械の稼働音や車の走る音などと違い、意志をもって何かを訴えかける音なので、バックグラウンドノイズとして聞き流すことができるような類いのものではなく、ひたすら精神にストレスを与え続ける。始末の悪いことに、飼い犬は往々にして飼い主の前ではおとなしく、飼い主不在の時に吠えるので、飼い主は犬がどれだけ近隣に迷惑をかけているのかという実態をほとんど把握していない場合が多い。そして、事がペットに関するものであるが故に、「犬が好きかどうかで感じ方も違うので難しい問題だ」等という論点のすりかえが行われ、うやむやにされることが多いのである。
 前住んでいた街は、世間ではハイソな住宅街というような捉え方をされているが、犬をちゃんと躾けることもできないくせに犬を飼いたがるイヤなプチブル(死語)が大量に住んでいる街で、市内を歩いた感じでは1区画に1〜2匹は無駄吠えをする犬がいるような状況なので、私と同じような騒音被害に耐えている人の総数は相当なものだと思われる。騒音被害を受ける側から見れば、近所のビルの屋上に絶叫マシンができるのも、隣家が無駄吠えをする馬鹿犬を飼い始めるのも、問題としては変わらない。むしろ、ドンキの件の方が、悪役がはっきりしている分まだ救いがあるかもしれない。
 騒音問題では、被害の存在を被害者側が立証しなければ行政も司法も相手にしてくれないが、実際には技術的な問題もあり、立証は容易なことではない。まして、悲鳴や犬の吠え声のように、数値として表れる音量の問題だけではなく、その騒音の質が問題になるようなケースで被害を立証するのは困難を極める。騒音問題に対する行政側からの積極的なアプローチがない限り、市井に潜在する騒音問題は、致命的な形で噴出するまで表面化することはないだろう。
 これからの時代、物質的な豊かさではなく、精神的な豊かさを求めるのであれば「静かに生活する権利」というものはもっとクローズアップされるべきである。今回のドンキの問題が、特殊なケースと捉えられるのではなく、様々な局面での騒音問題(特に様々な騒音が精神にもたらす悪影響の問題)に対する認識を深め、世の中の根本的な仕組みの中に「静かに生活する権利を守る」という思想が盛り込まれるためのきっかけになってくれればよいと思うのだが...期待薄か。
 「分煙」の問題が、長い年月をかけてようやく一般に浸透してきたが、それと同じように「分音」というような発想で、あらためるべきことはいくらでもあるような気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「湖畔のマリニア」栗本薫

 最近読んだ本から。
 グインサーガ正篇第104巻。100巻到達がつい先日だった気がする。調べてみると99巻以降が今年の出版であり、年内に105巻も出るようで、外伝も1巻あるので、結局今年は7冊出ることになる。相変わらずすさまじいペースである。
 グインサーガは、私は大学1年の頃から読み始め、15巻あたりからは全て初版で持っている。(といっても、今は初版自体の発行部数がとんでもない数だろうから、近年のものは初版でないものを持っている方が珍しいのだろうが。)作者のあとがきにおける悪ノリぶりや、ときおり本編にも顔を出す男には理解できないヤオイ系の悪趣味には正直辟易しつつも、物語全体のダイナミックな展開には目を離せず、「ここまで付きあったのだから、見事ゴールまで突っ走ってくれ」という感じである。ハイペースな分、最近はどうも文章のアラが目に付くようになったのは残念だが、推敲を重ねればそれだけペースが落ちるのは間違いないのであり、これはもう、このペースで書いていることも含めての作品として目をつむるしかないのだろう。時折「実は作者は最終回を書く気はないのではないか」という不安にかられることもあるが。
 今回は、悪いやつではないがウザいキャラNo.1のマリウスが、ウザいだけではなく非常にたちの悪いところを発揮している。いくらなんでもそれはダメだよ、マリウス君。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「時生」東野圭吾

 最近読んだ本から。
 東野圭吾の作品は、どれも非常によくプロットが練り込まれている良質のエンターテインメントであり、私も文庫で出ているものは全部読んでいる。東野氏について印象に残っているエピソードがある。「ゲームの名は誘拐」の文庫版の解説で藤木直人が書いているのだが、氏は「ぼくは女性の心理は書けない。なぜならぼくは男性だから」と言ったそうである。これがどういう文脈で発せられた言葉かは定かでないので、不用意に引用すべきではないのかもしれないが、いかにも東野圭吾が言いそうな言葉である。わからないことはわからないとあっさり認めることができる、ゆえに、思い込みによる不用意な飛躍を排除することができ、堅実なプロットを作り上げることができるのである。
 本書は、いわゆるミステリーではない。グレゴリウス症候群という(架空の)不治の遺伝病を軸に、作者の様々な要素(ハードボイルドな部分や、「青春小説」的な要素、SF的なアイディア等)を融合して作り上げた物語である。その物語のうちの大きな部分を占めるのは、主人公が、過去に転生した息子に導かれながら人間的に成長していくプロセス。
 物語としての面白さは折り紙付きなので、ここではあえて不満な点を挙げておく。1つは、タイムトラベル物には付き物のタイムパラドックスについての向かいあいかたが中途半端に思えること。ラストシーンで、主人公は因果律の循環を完成させるが、因果律が循環していること自体がある種のパラドックスなのであり、その循環の輪から派生した全ての物語がただのご都合主義に見えてしまう。特に、未来からもたらされた知識によって仕事での成功をつかむあたりは、どうしても「ズル」をしているようにしか見えず、せっかくの主人公の人間的成長の物語に大きなキズを残している気がするのである。もう1つは、主人公夫婦の選択が肯定的に描かれているように見えてしまう点。息子の人生を肯定的に描くことは構わないが、その前の両親のある意味身勝手な選択は簡単に肯定できるものではないと思う。グレゴリウス症候群自体は架空のものだが、同様の遺伝病は存在する。扱っているのは非常に重たいテーマなのである。生まれてきた者が産んでくれただけで感謝というのはいい。しかし、そのことをもってそれ以前の親側の選択が肯定されたとするのは、明らかな論点のすり替えである。そのあたりがミスリードされそうな内容に思えたのが残念。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「天国からの道」星新一

 最近読んだ本から。
 作者の没後に出た未収録作品集(の再編集)。いわゆる傑作集とかではないので、星新一の作品に初めて触れる人にはお勧めしない。(初めての人は、新潮文庫あたりで古い方から順に読むことをお勧めします。)
 中学生の頃、お小遣いで自分で本を買うようになって最初にはまったのが星新一だった。本書の新井素子氏の解説にもあるように、星新一のショートショートは、読みやすくて面白くて、斬新な着想が知的好奇心も刺激して、本を読むようになる最初のきっかけとなるケースは多かったと思われる。当時、日本SFの3大巨頭といえば、小松左京、星新一、筒井康隆ということになっていたが、この中で本当に「Science Fiction」と言えるのは小松左京だけで、筒井康隆は実験小説や「Super Fiction」とでも言うものであり、星新一のショートショートは、リアリズムの制約から自由な小話という感じだった。日本でなければ、筒井康隆も星新一もSFという括りには入れられなかったかもしれない。
 星新一のショートショートは、作品からその時代の流行や風俗を徹底して排除しているということを一つの特徴としていた。そのため、当時から氏の作品は時代を超えて読みつがれて行くだろうと言われていた。それはある意味正しく、ある意味誤りである。たしかに、当時の世の中の状況についての知識がなくてもストーリーの理解にはあまり影響はない。しかし、時代性を明確に示す記述を排除しているがゆえに、それでも浮かび上がってしまう今の時代とのずれが逆に強調されてしまうという点も見逃すことはできない。時代背景によるエクスキューズが成立しないため、当時の世の中の延長線上での発想が、やたら古めかしく感じられてしまうのである。そして、設定や背景を書き込まずにアイディアの骨組みをそのまま提示するような氏の作風にとって、アイディア自体に古さが感じられてしまうことは致命的な場合が多い。
 1990年代以降、流行や風俗の変化と同じぐらいの速度で、世の中の仕組みを根本から変えるような変化(特に大きいのは、インターネットという化け物の出現)が訪れたが、それは、様々な文学作品において同時代性が奪われる残酷な変化でもあった。時代性から自由であろうとし、時代描写を排除した星新一の作品においても結局例外ではなかったことになるが、これからはむしろ、その存在自体が当時の時代の空気を強く反映している作家として評価されていくのではないか、そんな気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秋晴れの3枚

051023_1051023_2051023_3
 今日の秋晴れの気分で3枚選んでみました。ロケ地は例によって荒川沿い。本当はとんぼのショットを狙ってたのですが、全然止まってくれずに断念。川沿いのグラウンドでは、(草?)野球や(草?)サッカーの試合や練習で花盛りでした。

 野球といえば、もう日本シリーズも始まって、ロッテが2連勝したようですが、我がベイスターズは残念ながら最終戦を飾れず、Aクラスながら借金1で終了。(って、もうずいぶん経ちましたが。)楽天のTBSに対するきな臭い動きでいろいろ揺れてますが、野球の世界に限って言えば、交流戦で横浜に6戦全敗の楽天のオーナーがTBSに横浜を売却しろなんて言うのは百万年早いっての。どうしてもTBSと提携したいなら楽天がチームを売ればいいだけ。
 もうひとつプロ野球に関して。やっぱパ・リーグのプレイオフの制度はあまりにも不自然。前後期に分けて各優勝者でプレイオフなら意味はあるけど、しっかり順位が決まってるのに3位までのチームに優勝の可能性があるって、そんなアホな話はないでしょう。大リーグのプレイオフは、もともとチーム数が多いから、地区に分かれて戦って最後にプレイオフというのには意味があるし、ワイルドカードってのも、最も成績のよかった2位のチームということで、無理のない範囲。それを名前だけマネして、6チームしかないのに上位3チームでプレイオフ等という全く無意味で理不尽なことをやって、盛り上がったからそれでよしなんて言ってたら、2度と野球人気の回復なんてないでしょうね。良い結果を残したチームが報われるという当たり前の姿から外れていいはずがないということに、なぜ最初で気付かない? 今期西武がシーズン中負け越したにも関わらず優勝の可能性が残り、初めて関係者が慌てたようだが、そんな事は制度を決めた時点で想定の範囲でしょう。
 以上、タイトルや冒頭の写真とは何も関係ない話(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Yahoo検索の謎仕様

 最近Yahooのネット検索が大幅にリニューアルされたようであるが、なんだか挙動不審である。端的な例としては、AというキーワードでもBというキーワードでもヒットするサイトが、「A B」と2つのキーワードを組み合わせて検索するとヒットしないことがある。これでは、目的のサイトを探すのに、キーワードを増やしていって検索結果を絞り込んでいくという手法が機能しなくなってしまう。これって、検索エンジンの最も基本的かつ本質的な部分ではないのか?
 インターネット社会は、検索という概念なしには存在しえない。主要な検索エンジンの仕様は、そのまんまビジネスチャンスの配分の仕様であり、情報の流布のしくみの仕様である。一般ユーザからしてみれば、検索でヒットするための基準や優先順位の指標等をわかりやすい形でルール化して、公開して欲しい所なのだが、一方で、仕様が公開されると、その仕様でヒットしやすくなるような裏技が悪質な業者を中心に流布してしまい、適切な検索結果が得られなくなるというジレンマがあり、そのような意図的にヒットさせようとする手法とのイタチごっごの結果、逆にルールの複雑化、非公開化が進んでしまっているのだろう。
 それにしても、上で挙げたような検索エンジンのアイデンティティを揺るがすような仕様のブレはまずい気がするのだが。

 そういえば、先日深夜番組で、検索エンジンを使ったロシアンルーレット(検索語を順に1つずつ増やしていき、1つもヒットしなくなった人がアウト)って遊びをやっていて、その時はYahooも番組に協力していたようだが、リニューアル後の謎仕様では、ゲームとして成立しないような...。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

全身筋肉痛。

 日曜から通い始めたジムのおかげで、全身筋肉痛(笑)。昨日は個別カウンセリングで、全身の筋肉量や体脂肪率を測定。案の定体幹部分の筋肉量が絶対的に不足しているようである。意外だったのは、腕周りの筋肉は標準以上という結果が出たこと。(足は標準以下。) 自分としては上半身の貧弱さが気になっており、足の方は筋トレ器具でも結構大きめの負荷で大丈夫だったので、正直この測定結果には疑問が...。測定器の使い方の説明もなんか適当だったしなあ。もう一度測り直したい気もするが、この測定だけは別料金だし。カウンセリングでは、もっと詳細に体力測定とかもしてその場でメニューを組んでくれるのだと思ったのだが、測定器で調べた結果だけで判断されて、メニューを組むのにも数日かかるということで、少しがっかり。問診の内容もいまいち会話がかみあってなかった気もするし。とりあえずどんなメニューを作ってくるか、お手並み拝見。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

無酸素運動がヘタ

 16日は、フィットネスクラブ入会初日。オリエンテーションを受けたあと、ランニングマシンで30分汗を流し、筋トレマシンをいくつか試してみる。そこで気付いたことだが、どうも私は意識して呼吸をコントロールするのが苦手なようである。泳ぎが苦手なのも、第一には身体の動きに合わせて息継ぎをすることができないためなのだが、筋トレでも「負荷をかける時は息を吐きながら」という原則があるため、全ての動きは呼吸と連動しなければならず、呼吸を意識したとたんに身体の動きがおろそかになったり、逆に筋肉に意識を集中したら呼吸が逆になったり、なかなかスムーズにいかない。思わぬ所にハードルがあった感じだが、早く慣れるしかないわな。そもそも「身体で覚える」ということ自体が人より遅い方だったりするのだが(苦笑)。
 普段、あまりに運動しない生活が続いていたので、一気に大汗をかいたのは、キツイというよりはむしろ快感。慣れてきてしばらくしたあたりに苦痛になる時期が来るような予感はするが。サウナでさらに汗を出し切って、ジャグジーも浴びて、すっかり身体が軽くなって帰宅。大手のフィットネスクラブなので、客層も幅広く、身体が貧弱だから居心地が悪いなんてこともないし、インストラクターも非常に感じがよく、最初の一歩としてはまずまず好感触。火曜に個別カウンセリングを受けて、本格的に運動のメニューを考え始めるのだが、仕事柄基本的に不規則な生活であることを前提として、どのような形でメニューを作ればいいのかというのが、最初の課題である。それよりも、全身の部位毎の筋肉量の測定が不安。身体の肝心な箇所に、ありえないくらい筋肉の欠落しているところがありそうな気がしてならない。もちろん、そういうところを改善して身体のバランスを整えることこそが一番の目的なのだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新ED公開

 作詞で参加し、先日レコーディングにも立ち会ったアニメの新エンディング曲は、日付変わって昨日が初回の放送だった。小さい女の子がコアターゲットのこのアニメだが、さすがテレビ大阪発というべきか、笑いのセンスもかなり弾けており、いろんな意味でよく作り込まれている。EDのコンペ参加のため何回か見て以来ハマってしまい、新EDとは関係なくここのところ毎週チェックするハメに(笑)。自分が歌詞を書いた曲にアニメーションがついて放送されているというのは、ちょっと不思議な感覚だが、今度は是非本職の作曲の方でこういう経験をしたいものである。

 アニメのタイトルは「おねがいマイメロディ」、曲は「夢見るチカラ」by まいめろでぃーず。ぬいぐるみ付き初回限定盤というのもあるようなので、サンリオのキャラでもあるマイメロディのファンの方はGetしてみては。(情報では、クリスマス仕様オリジナルデザインのマイメロのぬいぐるみらしい。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

毒電波時計

051014
 時刻を合わせるのが面倒なので、最近腕時計も壁掛け時計も電波時計にしている。ところが、この壁掛け時計、時折きっちり10分ずれていることがある。どうやら、電波を受信している最中にあるタイミングで電波状況が悪くなると、受信失敗で断念するのではなく、「受信成功」の表示となり間違った時刻に設定されてしまうことがあるらしい。
 ...ってちょっと待て。どんな符号化の手法を使ったらそんな馬鹿なことが起きるんだ?
 まず、情報通信研究機構日本標準時グループのホームページを覗いてみた...パリティビットが、時と分に対応する1ビットずつ計2ビットしかない???そんないい加減なものなのか。時刻は時・分それぞれ二進化十進数として送出されているので、2ビット誤受信すればたしかにきっちり10分ずれることは起りうる。
 しかし、である。この電波時計、いつも受信するのに15分程かかっている。タイムコードは1分周期で1秒に1ビットずつ60ビットの情報として送出されているようなので、最初の1〜2分はこのタイムコードのサイクルの頭出しに用いられるとしても、そのあと10回以上はタイムコードを受信しているはずである。その10回が10回ともパリティにエラーがなく、しかも互いにデータのつじつまが合っている場合のみ受信成功とするわけではないだろうが、間違った時刻を正しい時刻として認識してしまう確率は、正しく処理すれば限りなくゼロに近づけられるはずである。しかし実際には去年の11月に買ってからこのかた、時刻がちょうど10分ずれていたのは2度や3度ではない。しかも、他のずれ方をしたケースは1度もないことを考えると、これは明らかにこの時計のタイムコード解析プログラムのバグである。パリティの仕組みを考えると、ちょうど10分ずれるのもちょうど1時間ずれるのも本来同様の確率で起きるはずなのである。
 それとも、近所でだれか電波時計を狂わせるための毒電波を流しているのか?(笑)
 決して高い時計ではないのだけど、電波時計の時刻が信用できないってのはどう考えてもマズいよなあ。○ITIZENにクレームつけても、「電波状況が悪いとそういうことも起り得ます」とごまかされるだけだろうし。こういう発覚しにくい欠陥商品って、世の中にかなり出回ってる気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ママチャリで走る

051013_2
 海や川や湖といった水のある所に行くと、気分が落ち着くのはなぜだろう。会社の寮に住んでいた頃は、多摩湖まで行くのが週末のサイクリングコースだった。国立時代は、多摩川までの往復がジョギングコース。今は隅田川が一番近いのだけど、川沿いに自転車で長距離走れる場所がないので、今日は千住大橋を越え北千住駅をさらに北上して、荒川まで出たら、ジョギング&サイクリングコースが整備されており、快適。地図で確認したら、今日の走行距離は往復10km強。大した距離じゃないけど、夕方で途中からライトをつけてペダルが重くなった分、ちょうどいい運動になったかな。
 締切に追われてた後遺症で、就寝起床が異常に遅い生活から復帰できず。本当は夕方ではなくもっと日の高い時間に身体を動かせればいいのだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

手抜きうどん

051013_1
 今日の昼食は、おかずいらずの手抜きメニュー。鶏肉、白菜、えのき、ネギを市販の麺つゆで煮込み、ゆでた冷凍うどんにかけただけ。鍋物のシメの感覚でうどんを一緒に煮込んでもいいけど、今日は別ゆで。ありあわせの物で炭水化物も肉も野菜も全部摂れる速攻メニューは、このパターンで具だくさんにするのが一番楽。沸騰したお湯で1分ゆでるだけのカトキチの冷凍さぬきうどんは、時間のない一人暮らしには必須アイテムである。
 写真で見ると、緑か赤の彩りが欲しいとこですな。味はこれで申し分ないんだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ラトビアの審判団

 いくら強化試合とはいえ、日本とウクライナの試合でラトビアの審判団ってのはまずいのではないかと。最初からかなり偏ったジャッジで、それも一つのシミュレーションと高をくくっていたのだが、退場とPKはシャレにならんだろう。特に中田浩の退場は大久保のチャンスを奪ったという意味で罪は重い。PKは明らかな誤審だし。
 まあ、極端なアウェージャッジのおかげで、押さえのきかない三都主を使うリスクがさらに浮き彫りになったのはいいことかもしれない。それでもジーコは三都主を使い続けるのだろうか。
 W杯本番は、ヨーロッパ以外のチームにとっては全てアウェー。アジアカップで中国の観衆の態度が問題になったけど、白人社会の鼻持ちならないエリート意識だって半端じゃない。本番がどういう雰囲気で行われるのか、ベッケンバウワー率いる実行委員会の手腕に期待。
 ともかく、なんともすっきりしない感じの残るこの2戦ではあった。

 それはそうと、プロ野球では横浜が無事3位確定したらしい。三浦が二段モーションで投げられる最後の試合で勝ててなにより。来期が心配だけど。残り1試合でちょうど5割。ヤクルトとの最終戦で勝ち越しも決めてくれ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

フィットネスクラブ

 久々にどの仕事も直近の締切を抱えていない状態になったので、ずっと前から懸案だったフィットネスクラブへの入会手続きをしてきた。基本的に在宅でパソコンの前での仕事で、かなり重度の運動不足に陥っており、あらゆる成人病の徴候が見えてきたので、短時間で効率よく身体を動かす手段を確保し、会費を払うことで自分に運動を強制するのが目的である。とにかく今日から身体動かすぞと張り切って出かけたのだが、上履きを用意してなかったこともあり、ついつい会費を半月分ケチって、16日入会にしてしまった。なんだか出ばなを挫かれた感じ...。せっかくの余裕のある時期にスタートダッシュをかけなかったのは失敗か?
 まあ、時間のあるときにしか出来ないことは他にもいっぱいあるので、今週後半はアクティブに行動することで身体を動かすことにしよう。といっても、やりたいことのうちの多くは読書であったり音楽ソフト周りの環境整備だったりと、インドアなものなのだけど(苦笑)。まずは人に会うことから始めて。それとも思い切って遠出でもするかな。
 ちなみに、入会したフィットネスクラブは、プールがメインだったりするのだが、実は泳ぎは不得意なので、当面はジムとしての利用である。(そもそもジムで器具を使ったトレーニングなんてのも今までやったことがないので、どんな感じなのか全く様子がつかめてないのだが。)いずれは初心者クラスにでも入ってちゃんと泳げるようになりたいとも思うのだけど、この歳で息継ぎもバタ足もまともにできないレベルから始めるのはちょっと辛いなあ...。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「正しい」という言葉

 今TVをつけたら「日本語ボーダーライン」という番組をやっているが、そこで「正しい送り仮名はどっち」とか言ってる。ちょっと待て。こいつは今何をもって「正しい」と言ってるんだ?ちょっとでも本を読む人ならわかるはず。送り仮名なんて、作家によっても人それぞれくせがあり、必ずこれが正解なんて決まってない。もちろん、学校教育の都合上「教える時はこれで教える」というのはあるだろうが、それを「正しい」という言葉にすり替えてしまうのは大間違い。

 念のため、御上がどう言ってるのかをネットで調べてみた。今学校教育等で基準になっている送り仮名の付け方は、昭和56年内閣告示第3号「改正 送り仮名の付け方」で定められているようだが、その前書きには次のように記されている。

1.この「送り仮名の付け方」は、法令・公用文書・新聞・雑誌・放送など、一般の社会生活において、「常用漢字表」の音訓によって現代の国語を書き表す場合の送り仮名の付け方のよりどころを示すものである。
2.この「送り仮名の付け方」は、科学・技術・芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。
3.この「送り仮名の付け方」は、漢字を記号的に用いたり、表に記入したりする場合や、固有名詞を書き表す場合を対象としていない。

 この前書きを見ても明らかな通り、この内閣告示においても、このルールに則った表記のみが正しくて他は間違いなんて一言も言ってないのである。もちろん、このルール自体は概ね世間における多数派の用法通りではあるので、何のポリシーもなくわざとこの基準から外そうと不自然な送り仮名を使うのはお勧めできないが、別にどちらでも構わないようなものについて、この基準から外れているから「誤り」と決めつけるのは全くのナンセンスである。実際にはある程度の幅をもって一般に許容されており、その範囲内でどういう送り仮名の付け方をするかによって、文体の見た目の雰囲気も変わってくるという類いのものだと考えるべきであろう。
 誤解してはならないのは、これはいわゆる「ら抜き言葉」の問題や、2ちゃんねる等を発信源とした愉快犯的意図的に誤字誤用を定着させようとする動き等とは全く別次元の問題であるということである。これらは日本語の崩壊というカテゴリーで語られるべき内容だが、送り仮名の問題は、そもそも従来の日本語において明確なルールはなかったものについて、教育や行政上の便宜のために決めた基準で「正しい」「誤り」という線引きをすることが許されるかという話である。近年テロップの濫用により、バラエティ番組等では1分に1回ぐらいの頻度でひどいワープロ誤字を垂れ流し、日本語の破壊の最先鋒となっているTVが、一方では「この問題では何を基準に正解とするか」ということも示さずに、便宜上の基準に外れたものを「誤り」として切り捨てるような番組を流しているというのは、なんとも片腹痛い話である。
 自分もある予備校で作問の仕事をしているので気になるのだが、試験問題であれクイズであれ「正解」「不正解」と白黒をつける際には、出題側には重大な責任がある。ずれた解答を「正解」としてしまえば、歪んだ認識を定着させてしまうし、複数の正解が可能な問題で的確な答えを「不正解」としてしまえば、柔軟な思考を封殺することになってしまう。今回の場合は、役所が便宜的に決めたルールの例外を切り捨てることで、文化としての日本語の広がりを封殺してしまっていることになる。こういう番組を、正しく批判的に見ている人なんてほとんどいないだろうなと思うと、そら寒い気分になる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今日も放送されず(苦笑)

 ううむ、10月から新EDになると言われてたのだが、まだ変わらんなあ。本当に放送されるのか?この業界何が起こるかわからんからなあ...。既にamazonとかでは予約始まってるんだけどね。一部の友人には告知してしまったのだけど(恥)。
 気にしてもしょうがないと思いつつ、やっぱり気になるものです。とりあえず来週まで忘れて作曲の方の仕事に専念せねば。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

基本のトマトソース

051006
 自炊する余裕のある時期は、定期的にカレーとトマトソースを多めに作って冷凍しておくことにしている。今日は久々に基本のトマトソースを作成。

<材料>パスタ3〜4食分
・タマネギ1/4個〜1/2個(今日は1/2個使用)
・ニンニク1〜2片(今日は小2片)
・オリーブオイル50〜100cc(今日はさらっと50cc)
・ホールトマト2缶(800g)
・ローレル1枚
・塩少々
・バジリコ適量

<作り方>
・タマネギとニンニクはみじん切りにし、鍋で温めたオリーブオイルに入れ、中火でタマネギが透明になるまで炒める。
・ホールトマトは先にボール等で潰しておき、上の鍋に入れ、ローレルの葉を香りづけに入れて、中火→弱火で30分程煮込む。
・ローレルを取り出し、バジリコを加え、塩で味を整えてよく混ぜたら完成。

 ホールトマトは、煮込みながら潰してもよいが、先に潰しておいた方が楽。バジリコでなくバジル単体を使用する場合は、塩こしょうで味付け。

 今日は、オリーブオイルでソテーしてワインで柔らかくした鳥もも肉に、輪切りの鷹の爪を加え、トマトソースで煮込んだものをパスタソースとして使用。これが自宅で作るパスタでは一番多いパターン。なんとなくオシャレっぽいけど、トマトソースさえできていれば非常にお手軽で、鳥肉をベーコンやツナや茄子等に変えてバリエーションも簡単。パスタソースではなく一品料理用にも使えるし、メニューのバリエーションがすぐ無くなる一人暮らしには、大変重宝します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やっぱピアノっていいなあ。

 知りあいのライブを四谷Comfortに聴きに行く。女性ボーカル+アコースティックピアノだけのシンプルな構成。Comfort自体、こういうアコースティックなセットをやるための小さいハコである。最近仮歌等でも色々お世話になってる友人がピアノで、ボーカルも同じ音楽学校に通っていた仲間。
 いまさらではあるが、ピアノって楽器はすごいなと思う。ドラムやベースはなんだかんだ言っても本質的にはアンサンブルの1パートであり、管楽器は一人では旋律だけ、ギター一本で弾き語りというのはあるが、音楽的にはかなり世界は限定されてしまう。でも、ピアノは、右手と左手のアンサンブルの中にあらゆるアレンジの可能性が秘められている。ピアノ+歌というのは、最小編成にして最強編成だと思う。私も子供のころやっていたピアノを続けていればよかったなあと思うが、続けるのも才能だし、才能がなかったから続けなかったような気もするし。
 以前、ライブハウスの音量のことを書いたけど、こういうハコだと音がでかすぎて辛いなどという心配もなく、落ち着いて聴けるのもいい。もっとも、演者にとっては、パワーで押しきることができないので、客席との間の微妙な空気感をどうコントロールするかという難しさもあるし、緊張の度合いも格段だろうと思う。冷静にその場の空気を支配できるようになるには、相当の年季が必要なのだろうな。客席を突き放して、ガチガチに演出したステージにしてしまう方が完成度を上げるには近道なのかもしれないけど、音楽の方向性との兼ね合いもあるだろうし。
 観客に、これまた同じ音楽学校に同時期に在籍していて、今作詞家として活躍中の知人を発見し、エールを交換。普段連絡を取りあう間柄ではなくても、音楽畑でちゃんと活動している仲間の存在は非常に心強い。

 また来週までの歌物のコンペの話が来ているので、気合いを入れ直してがんばろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

国勢の交換工事の煮物

今日のポイント3点。
・国勢調査の用紙が来ていたのを思い出し、記入。よくみると、「9月24日から30日までの1週間に仕事をした時間を書け」とある。その期間はヤバイ。思わず140時間と書きそうになったが、一応控えめに98時間にしておく。平均14時間、意識が朦朧としてボーっとしてた時間をさっ引くとそんなもんか。
・マンションのオーナーの身勝手な都合オーナー様のご厚意によるエアコン交換工事のため、AV機器一式の配線を全てバラし、CDや書籍類も全部下ろしてからメタルラックを移動させる作業と、その復元作業で、へとへと。配線作業を楽にするために、かなりスペースを贅沢に使いラックの裏を空けてはいるのだが、身体ごと入れる程ではないので、やはり大変。新しいエアコンは、デザインが不必要に自己主張してて、気にくわない。
・久々の(恐らく1ヶ月ぶりかそれ以上)自炊で、冷凍のカボチャで煮物を作ったら、ぐずぐずにくずれて栗きんとん状態。味は悪くなかったが、大量に出来たので明日も食わにゃ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

目指せ5割!

 大洋時代から微妙に生暖かく見守り続けている横浜ベイスターズであるが、今日は残念ながら5割復帰はならなかったようである。残り試合のモチベーションが今一番高いのはこのチーム。あと8試合でなんとか。
 今年も、佐々木の早期離脱(当然、その年俸分は補強ができなかった)やら、多村のケガなどいろいろあったが、ここ数年のどん底状態からここまで持ち直したのはすばらしい。牛島監督とクルーンさまさまである。これでなんとか優勝後しばらく5割ぎりぎりで踏ん張ってた頃までは戻ってきたことになる。(まあ、楽天と某自滅球団から荒稼ぎしたというのもあるが。)
 来期への弾みを付ける意味でも勝ち越して終わるのは重要。来期は優勝争いできるとイイナ。おねがい(はーと)...キモっ

# くだんの某アニメのEDが新しくなるのは、来週かららしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

MA作業

 例のDVDソフトのMA作業無事終了。朝11時現場入りだったのだが、朝9時の時点ではまだ最後まで出来ていない曲もあったっていう(苦笑)。いろんな意味で経験をさせて頂き、思うところはいろいろあるのだが、なんせ昨日から一睡もせずに働いてたので、もう寝る。(現場では編集の職人技を見ながらいろいろお願いしてただけだが。)
 余談。監督から「MAの日程」と言われて最初なんのことかさっぱりわからなかったのだが、「Multi Audio」の略と言われてもなおさらわからない(笑)。そもそも和製英語だそうだが、それをさらに略してしまったらダメですってば。要するに映像に対する諸々音入れということらしく、当てはまる適当な言葉がなかったのだろうが、簡潔な説明の見当たらない用語というのは、往々にしてその指し示す範囲も非常に曖昧だったりする。こういう業界用語って、なんだかその曖昧さにからめとられそうな気がして、ちょっとコワい。曖昧さと理不尽はよく似ているからね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »