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「時生」東野圭吾

 最近読んだ本から。
 東野圭吾の作品は、どれも非常によくプロットが練り込まれている良質のエンターテインメントであり、私も文庫で出ているものは全部読んでいる。東野氏について印象に残っているエピソードがある。「ゲームの名は誘拐」の文庫版の解説で藤木直人が書いているのだが、氏は「ぼくは女性の心理は書けない。なぜならぼくは男性だから」と言ったそうである。これがどういう文脈で発せられた言葉かは定かでないので、不用意に引用すべきではないのかもしれないが、いかにも東野圭吾が言いそうな言葉である。わからないことはわからないとあっさり認めることができる、ゆえに、思い込みによる不用意な飛躍を排除することができ、堅実なプロットを作り上げることができるのである。
 本書は、いわゆるミステリーではない。グレゴリウス症候群という(架空の)不治の遺伝病を軸に、作者の様々な要素(ハードボイルドな部分や、「青春小説」的な要素、SF的なアイディア等)を融合して作り上げた物語である。その物語のうちの大きな部分を占めるのは、主人公が、過去に転生した息子に導かれながら人間的に成長していくプロセス。
 物語としての面白さは折り紙付きなので、ここではあえて不満な点を挙げておく。1つは、タイムトラベル物には付き物のタイムパラドックスについての向かいあいかたが中途半端に思えること。ラストシーンで、主人公は因果律の循環を完成させるが、因果律が循環していること自体がある種のパラドックスなのであり、その循環の輪から派生した全ての物語がただのご都合主義に見えてしまう。特に、未来からもたらされた知識によって仕事での成功をつかむあたりは、どうしても「ズル」をしているようにしか見えず、せっかくの主人公の人間的成長の物語に大きなキズを残している気がするのである。もう1つは、主人公夫婦の選択が肯定的に描かれているように見えてしまう点。息子の人生を肯定的に描くことは構わないが、その前の両親のある意味身勝手な選択は簡単に肯定できるものではないと思う。グレゴリウス症候群自体は架空のものだが、同様の遺伝病は存在する。扱っているのは非常に重たいテーマなのである。生まれてきた者が産んでくれただけで感謝というのはいい。しかし、そのことをもってそれ以前の親側の選択が肯定されたとするのは、明らかな論点のすり替えである。そのあたりがミスリードされそうな内容に思えたのが残念。

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