« 秋晴れの3枚 | トップページ | 「時生」東野圭吾 »

「天国からの道」星新一

 最近読んだ本から。
 作者の没後に出た未収録作品集(の再編集)。いわゆる傑作集とかではないので、星新一の作品に初めて触れる人にはお勧めしない。(初めての人は、新潮文庫あたりで古い方から順に読むことをお勧めします。)
 中学生の頃、お小遣いで自分で本を買うようになって最初にはまったのが星新一だった。本書の新井素子氏の解説にもあるように、星新一のショートショートは、読みやすくて面白くて、斬新な着想が知的好奇心も刺激して、本を読むようになる最初のきっかけとなるケースは多かったと思われる。当時、日本SFの3大巨頭といえば、小松左京、星新一、筒井康隆ということになっていたが、この中で本当に「Science Fiction」と言えるのは小松左京だけで、筒井康隆は実験小説や「Super Fiction」とでも言うものであり、星新一のショートショートは、リアリズムの制約から自由な小話という感じだった。日本でなければ、筒井康隆も星新一もSFという括りには入れられなかったかもしれない。
 星新一のショートショートは、作品からその時代の流行や風俗を徹底して排除しているということを一つの特徴としていた。そのため、当時から氏の作品は時代を超えて読みつがれて行くだろうと言われていた。それはある意味正しく、ある意味誤りである。たしかに、当時の世の中の状況についての知識がなくてもストーリーの理解にはあまり影響はない。しかし、時代性を明確に示す記述を排除しているがゆえに、それでも浮かび上がってしまう今の時代とのずれが逆に強調されてしまうという点も見逃すことはできない。時代背景によるエクスキューズが成立しないため、当時の世の中の延長線上での発想が、やたら古めかしく感じられてしまうのである。そして、設定や背景を書き込まずにアイディアの骨組みをそのまま提示するような氏の作風にとって、アイディア自体に古さが感じられてしまうことは致命的な場合が多い。
 1990年代以降、流行や風俗の変化と同じぐらいの速度で、世の中の仕組みを根本から変えるような変化(特に大きいのは、インターネットという化け物の出現)が訪れたが、それは、様々な文学作品において同時代性が奪われる残酷な変化でもあった。時代性から自由であろうとし、時代描写を排除した星新一の作品においても結局例外ではなかったことになるが、これからはむしろ、その存在自体が当時の時代の空気を強く反映している作家として評価されていくのではないか、そんな気がする。

|

« 秋晴れの3枚 | トップページ | 「時生」東野圭吾 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/133198/6541393

この記事へのトラックバック一覧です: 「天国からの道」星新一:

« 秋晴れの3枚 | トップページ | 「時生」東野圭吾 »