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バグだらけで仕事にならん>LogicPro7

 LogicPro7に入れ替えたその日に、曲のコンペの話が来て、今打ち込み作業を始めた所なのだが、作業する上での致命的なバグだらけで、仕事が全く進まない。こんなにひどいなら、Logic6のままにしとけばよかった。(っていうか、発売からもう1年半経ってるのに、まだこのザマか?やっぱりApple社にまともなバグ対を期待するのは無理なのか。)
 まだ、そんなに使い込んでいるわけではないので、これからまだボロボロ出てきそうで怖いのだが、とにかく困るのは、Window間のリンクがガタガタだということ。私の場合は、Matrix Window(ピアノロール画面)でNoteをコツコツ打ち込むことが多いので、Arrange WindowとMatrix WindowとList Windowが適切にリンクしてくれないと、作業効率が半減ではきかない。すぐに気付いた症状は、(1)Matrix WindowとList Windowにおける表示箇所が、Arrange Windowで選択した箇所に、適切に飛んでくれない、(2)Matrix Windowで複数noteを選択した場合に、List Window上で選択された物のうち一部しかハイライトされない、というものである。要するに、複数のWindowを参照しながらのデータのエディットの基本操作が全くまともに機能していないのである。ふざけるのもいい加減にしろといいたい。なんでこんなクオリティで平気でリリースできるのかさっぱりわからん。慣れればなんとかなるレベルではない気がする。(素材を並べてループさせるだけで曲を作るような使い方をする人々にはあまり関係がないから、無視されているのか?) Appleのサイトを見ても、既知バグ一覧のようなものもどこにもないし。ディスカッションボードも覗いてみたが、初心者の質問の山にうずもれて何が本当のバグの情報なのか全くわからない。
 本当に困った。今さら6には戻せそうもないし。(できたとしても、それでは根本解にはならないし。) なんで、世の中、ソフトのバグに対してこんなに甘いんだ? アップグレードしたはずが基本機能がデグレードしていて、仕事に支障をきたしているってのは、ほとんど損害賠償ものの話だと思うのだが。免責事項に何が書いてあるかは知らんが、何も保証するつもりがないなんてことが書いてあったとしてもそれはそもそも公序良俗に反する無効な記述だろう、まともな頭で考えれば。この行き場のない怒りをどうしてくれよう。

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LogicPro7にアップグレード

060425 夕べ、今さらながら音楽ソフトをLogic6からLogicPro7にアップグレードした。LogicPro7の発売は2004年秋で、私も昨年7月には買っていたのだが、今までソフトを入れ替えるリスクを冒せるタイミングがなかったのだ。ソフトが箱の中に眠っている間に、従来Logicの日本での代理店であったMIDIAがサポートを取りやめ、Logicシリーズのサポートはついに完全にApple社に一本化されてしまった。不安だ。今、手元にMIDIA向けのユーザ登録ハガキがあるのだが、これはもう送っても意味はないのだろうか。
 Logicについては、以前LogicPlatunum5からLogic6にアップグレードした際、その直前に購入した高価なプラグイン音源モジュールが、全てLogic6の付属品と成り下がってしまい、従来からのライセンス所有者に対する割引等の救済措置も一切なかったという苦い記憶がある。その時、結局10万近い金をドブに捨てたことになる。従来からの流れで、Logic6まではライセンス認証はプラグイン毎に細かく分かれていて、自分の所有しているライセンスの範囲が見えるようになっていたのだが、LogicPro7では、ついにその仕様も廃止されたようである。不要な仕様なのだからそれ自体はいいのだけど、なんだかLogicそのものがApple社の中でGarageBandの上級者向けという程度のお手軽ソフトの扱いになっていくようで、不安は募る一方である。

 さて、夕べの時点では、まだ過去のデータの再生ができるかどうかをいくつか確認しただけなのだが、マニュアルを見ると気になるプラグインイフェクトを2つ発見。「Vocal Transformer」は、ボーカルトラックに対し、声の特性は保持しつつ、ピッチを変更できるもので、「Pitch Correction」は、Vocalの音程をスケールに合わせて補正できるものである。これらが本当に期待通りに機能するのであれば、特に女性ボーカル向け曲に対する自前での歌入れに役に立つことになるが、実際どの程度使えるものなんだろう。従来は、オーディオトラックのピッチの変更は、「Time Machine」でデータそのものを変換するしかなく、それでもピッチ変更が半音3つ分以上になるとかなり機械的な不自然な声になっていた。今回はオフラインでのデータの変換ではなく、リアルタイムのプラグインなので、それ以上のクオリティが実現されるとはなかなか考えにくいのだが...。もしこれが本当に有用ならば、発売から1年半も使わずに放置していた私は大馬鹿野郎である。今夜にでも試してみよう。

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荒川散策

060422_1 夜寝て昼間起きている生活に戻すのに、結局先週いっぱいかかってしまった。昨日はようやく日のある時間に出掛けられたので、久々に荒川沿いを自転車で走る。目的地は、荒川から隅田川に分岐するポイント。
060422_2 途中、どこかの高校のサッカー部同士(?)の練習試合が白熱していたので、つい30分ほど見入ってしまう。見ている間に、白のユニフォームのチームが、まずPKで1点を取ったあと、終了間際には鋭いドリブルでディフェンダーをかわして見事なシュートを決め、思わず拍手。応援しているベンチ外の選手の数とかも白の方が圧倒していたので、途中からはなんとなく緑の方を応援していたのだけど、結局そのまま白の勝利で終わった模様。ボールが向こう側のサイドラインを大きく飛び出してしまうと川なので、DFのクリアも遠慮がちだったりするのだが、途中1回だけボールがすぐに回収できずに、ボール交換なんてことも。(その後、回収できたのだろうか?)若者たちの姿がなんだか新鮮。
060422_3060422_4 左の写真が、荒川と隅田川の接合ポイント。正面方向が荒川上流、右側手前が荒川下流方面、左側手前が隅田川下流方面。右手の川向こうはもう川口市。(実は、地図をよく見ると、この写真を撮ったポイントは北区だが、ここにたどり着くまでに、足立区から一瞬川口市を経由して北区に入っていることがわかる。) ここにはなぜか謎のヘリポート(右の写真)もあったり。
060422_5 謎と言えば、ここにたどり着く直前に、「東京都民ゴルフ場」という不思議なものがある。ゴルフコースの脇がすぐジョギング&サイクリングコースになっており、ネットも何も張っていないというある意味かなり危険なコースだが、どうやらこのあたりのホールでは5番アイアン以下しか使ってはいけないルールになっているらしい。それにしても、この写真だけみると、すんごいさびれた感じがするのだけど。

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@niftyサポートセンターとの応酬

 4/5に書いた、「ココログの3/28のメンテナンスにおいて、記事を消したら、記事に掲載した画像データも同時に消される仕様に勝手に変更されていた件」についての、@niftyのサポートセンターとのやりとりを、こちらに公開します。あきれて笑うか、怒るか、諦めるかは、ご自由に。

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ブロッコリーとポテトのスープ

060419 ジム通いも、2週間ブランクが空いてしまっていたので、久々に行ったらキツイのなんのって(苦笑)。ランニングマシンも、普段は8km/hからスタートして、最後には時速10km/hまで上げてトータル30分なのだが、今日は9km/hまでが限界。(一応がんばって30分は走ったが。) サーキットトレーニングも2ラウンド目の途中でギブアップ。運動後のサウナにもいつもは冷水浴をはさみながら6分×3回入るのに、今日は4分でダウン。やっぱり、継続してないとダメですな。それでも、今年はジム通いの体力の蓄積があったから、なんとか風邪も引かずにピークを乗り切れた気もするが。また週3ペースを復活させないと。
 ジムの後、よく利用するのが、近くのモスバーガー。昼間の場合は、南側の席が気持ちいいひだまりになっていて、読書にも最適。お気に入りは、野菜たっぷりの「ブロッコリーとポテトのスープ」(460円)。特に冬場は、身体の中から暖まるので、ずいぶんお世話になりました。そこそこボリュームもあるので,バーガー類のセットにこれを付けると、結構ディナー代わりにも。今日のメニューは、プレーンドッグ+グリーンサラダ+ストレートティー+ブロッコリーとポテトのスープ。計657kcal(笑)。バーガーショップで食べるにしては少々お値段的には贅沢だけど、マックとかに比べたら気分だけでもヘルシーだし。
 そういえば、匠味シリーズは、まだ食べてないなあ。今度トライして見ねば。(さすがに、匠味十段はちょっと(笑)。だいたいどうやって食うんだ?アレ。)

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WILL

 久々に、iTunesのランダム再生をBGMにしていたら、中島美嘉の「WILL」で、唐突に涙腺が決壊してしまった(笑)。いい曲だとは思っていたけど、実は今までそんなに真剣に聴いてなかったのかなあ。ここのところ、多忙で心が荒んでるところに、さらに追い討ちをかけるようなことも実はいろいろあって、かなり心が参っていたせいもあるかも知れない。そして、目の前の締切に文字通り締めつけられてた状態から久々に解放されてガードがゆるくなっていたというのもあるだろう。それにしても、メロディーとコードと歌声と、そして言葉が、ここまでストレートに届いたのはいつ以来だろう。大好きな曲リストに、本当に久しぶりに1行追加されました。
 ...と、感動しながらも、こんないい曲をモノにできた作家に嫉妬を覚えている、実に心の貧しい状態の自分。でも、そんな心の弱っている状態の自分だからこそ、いま音楽を「聴く」ことが必要だったんだろう。正直言って、最近自分が音楽のことを本当に好きなのか、本当にそこまでして曲を書きたいのか、疑問に思い始めていたのだけど、こんな瞬間を与えることのできる曲を自分は作りたかったんだということを、再認識。
 まだ、やれる。

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仮歌歌唱...

 4ヶ月続いた予備校の方の仕事の締切ラッシュが、日曜でようやく一段落。特に後半は過密すぎて音楽活動の方は完全に停止していたのだが、最後の週の先週、ストックでも乗り切れそうな作曲のコンペが2つ続けてきたので、それには参加。両方とも、1曲だけのコンペではなく、その企画全体で何曲かあったので、4曲ずつ計8曲提出したのだが、ストックといっても、以前の作業環境で作った物とかは、データの移行だけでもそれなりに時間はかかり、また、発注に合わせて構成やアレンジの見直しも多少あるので、その作業と、予備校の仕事を合わせると、先週は1日平均18時間近く働いてた気が...(汗)。(言うまでもないことだが、フリーランスの人間が1日平均働いた時間と言う場合には、週に働いた時間を5ではなく7で割るので、お間違いのないよう。) 無事生還できたのが奇跡のようである。おかげで、部屋はちらかりまくり、体形は崩れまくりなのだが。
 まあでも、作問モードから音楽モードに頭を切り替えるリハビリの手間が省けたというべきかな。ストック曲も、こういう機会に発掘して日の目をみるチャンスを与えてあげないとだし。
 2つのコンペのうち水曜締切だった方は、作詞者は先方にいるので歌詞のない状態のデモを出せばよかったのだが、もう1件は歌詞&仮歌付きで提出ということで、しかも水曜の締切の後に来た緊急の発注だったので、一旦金曜に曲を集めて、事務所の作詞チームに回して、日曜に上がってきた詞で仮歌入れをして月曜提出という強行スケジュール。日曜の昼までは、予備校の方の仕事を徹夜でやっていたので、一旦寝てから夕方に起き出して歌入れ作業となった。当然仮歌歌唱を誰かにお願いする余裕もなく、歌も自前...これがまたへたくそなわけで。これは、事務所に所属して作曲のコンペに参加するようになってからずっと抱えている問題なのだけど、自前でも歌のうまい人に比べて、圧倒的なハンデ。今回は、自分のストック曲の中で、歌詞つけて歌ってみたら思いの外良い曲(笑)を発見したので、「残念な」お歌だったのがなんともくやしいところ。今さらながら、ボイストレーニングでも始めた方がいいのかな...。それでも、もともと歌には向いていない耳障りな声質まで変わるとも思えないけども。

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完全匿名者の「言論の自由」なんて守る必要なし

 前々から思っていることだが、言いたいことは表題の通り。ここも表向きは匿名だけど、少なくともNIFTYにはこちらの素性は知られている。ここを拠点に私が何か犯罪的な行為を働いたならば、公安は容易に私にたどり着くだろう。でも、いわゆる掲示板の書き込みは違う。匿名である以上、そこの情報には一切信用性はないはずだが、実際に多くの人が利用しているということは、結局はどんな虚偽の情報であってもなんらかの実体のある影響力を持ちうることを意味する。そして、それは(自覚のあるなしにかかわらず)悪意を持った者に匿名性と影響力を同時に与えることも意味する。
 なぜ唐突にこんな話かというと、テレビをつけたら、爆笑問題の太田光が総理となってマニュフェストを発表するという番組をやっていて、それで「ネット書き込みは1文字100円にする」という主張を行っていたのである。基本的には「一見デタラメな内容だけど一利ある主張」というのが番組の趣旨なのでこういう内容になったのだろうけど、どうせならもっと「匿名性」自体の問題を追究してほしかった。私は「完全匿名によるある規模以上のネット掲示板は禁止」ということで全然問題ないと思っている。(規模の指標は難しいだろうけど。) 某巨大掲示板は、要するにネットにおける問題が明らかになって法整備がなされる前にできたというだけであって、完全匿名でなんでも言えることを既得権として主張するのは大間違いだと思うのだが。

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「ドッグは英語で犬」

 とある予備校のある模試を作る仕事をしている。基本的にバイトの皆さんが作った問題を叩き台にして、それらを最終的に使えるような物に作り直して問題セットを仕上げていくのだが、こういう仕事をしていると、人々がいかに伝えているつもりで相手に伝わらない言葉を平気で使っているかがよくわかる。日常生活においては、それでもまだなんとかなる場合が多いのだろうが、さすがに試験問題として出題してそれを採点するようなものの中で、いろんな解釈ができる記述を使うのはまずいので、表現の正確さには非常に神経を使うことになる。

 そうは言っても、作問のバイトをするぐらいのそれなりに優秀な人が作っているのなら、本人が最後に1回でも見直していればそんなにひどいことにはならないだろうと思われるかもしれないが、実はなかなかそうではない。そもそも、問題を作って出題するという行為自体、学校の先生でもない限り一般の人はほとんどやる機会がないのでよくわからないかも知れないが、表現や設定の多義性による問題の不正確さというものは、出題した本人が一番発見しにくいものなのである。作問者は、問題の舞台となる設定や、何を問うているか、そしてどのように考えてどう答えることを想定しているかを「既に知っている」。もちろん自分で考えた問題なのだからそれは当然なのだが、その「既に知っている」頭で問題を読み返した時に、その文章を問題なく理解できるのが、「既に知っている」頭だからなのか、そうでなくても理解できる文章になっているのかを、正確に判断するのは、非常に困難な作業であり、結局作問者自身が発見できるのはせいぜいタイプミスぐらいのものだったりするのである。

 では、他の作問者とクロスチェックさせれば大丈夫かというと、多少はバグを発見できる可能性は増えるかもしれないが、それでもかなりの物はスルーされてしまう。例えば、ある表現に実は曖昧な所があり、その解釈の仕方によって、Aという意味に取れる場合と、Bという意味に取れる場合があるとする。そして、その表現を読んだ時に、6割の人がAと解釈し、4割の人がBと解釈するとしよう。ここで重要なのは、そういう多義的な表現に対し、「AとBのどちらの意味にも取れるから、解釈不能である」という反応をする人は、ほぼ皆無だという点である。したがって、多義的な表現であっても、チェックする人がたまたま作問者の意図した通りに解釈したならば、そこはチェックされない。今回の例で、Aが作問者の意図した解釈であったならば、クロスチェックを行っても、6割の確率でスルーされてしまうのである。
 また、たまたまチェックする人が作問者とは違う解釈をしたり、他の部分で問題の設定が表現しきれていなかったりで、問題で何を問うているかよくわからなかったとしても、問題とセットで作成される解説にもっともらしいことが書いてあってそれを読んで納得してしまえば、問題を理解できなかった自分の方が理解力が足りなかったのだと勘違いして「問題の不具合」ではなく「難しい問題」と判断してしまい、やっぱりスルーされてしまうことも多い。そんな馬鹿なと思うかもしれないが、そこにもトリックがある。解説を読んでしまった時点で、実はこのチェック者も、作問者と同じ「既に知っている」頭になってしまうのである。したがって、「なるほどそういう意味だったのか」と納得してしまった後で改めて問題を読み返しても、今度はなぜ前回自分が理解できなかったのかが理解できないということになる。結局、単に作問者同士のクロスチェックをさせたところで、とてもじゃないが商品として出題できるような品質レベルにはならないのである。

 今やっている模試は、特別な知識を問うようなものではなく、基本的に論理的な物の考え方ができるかどうかを問うような類いのものなので、さらにハードルは高くなる。専門的であればあるほど、出題者・解答者を含めて、知識を共有していることを前提としていい範囲が広くなるので、出題する側としては、多少言葉足らずでも、それを理解するために必要な背景となる知識も問題の一部だと思えば、許容されることになる。ところが、専門的な知識を前提としない場合は、同じ表現でも、全く違うバックボーンを持つ人が読めば、全く違う理解になってしまう可能性も常に意識しなければならず、また、「これは常識だろ」と思って説明なしに使った言葉が、必ずしも世の中で認知されているとは限らなかったりするので、ストライクゾーンは一気に狭くなる。専門的な知識による先入観を全て排除した頭でも理解でき、逆に専門的な正確な知識を持っている人から見てもそれと矛盾しないような物に仕上げるというのは、これまた大変な作業なのである。

 書き始めたら止まらなくなってきたが、とりあえず、いかに心の健康にとって宜しくないお仕事をしているかという雰囲気だけは伝わったかもしれない(苦笑)。とにかく、一つ一つの言葉に対し、徹底的に意地悪な視線を向けないといけないのである。(裏を返せば、言葉を伝える相手を徹底的に思い遣ることでもあるのだが、問題は、その相手が不特定の思考パターンの読めない相手であること。) そして、この仕事をしている期間中は、この「厳しすぎるチェッカー」を、常に頭の中に飼っていないといけないのだ。こいつは、明らかに「クリエイティブ」という単語とは真逆の指向性を持つ。だから、こいつが頭を支配している時に、「合間を見て作曲活動」なんて、とてもじゃないができない。それだけではなく、世の中をうっかりこいつの視線を通して見てしまうと、5秒で鬱になれる(爆)。
 でも、品質を守る仕事というのは、試験問題に限らず、本来徹底的に後ろ向きな視線が必要な仕事。そしてそれがないと、物事は破綻する。「クリエイティブ」とは真逆かもしれないけど、例えば一人で最後まで作り切るクリエーターで、優秀な人であれば、実は必ずこの「厳しいチェッカー」の要素も自分の中に取り込んでいるはずである。問題なのは、物事の規模や複雑さが大きくなり、分業がなされた時に、だれかがその後ろ向きな仕事を専門にやらないといけないということ。そして、そんなことはだれもやりたがらないから、今、世の中のあらゆる局面において「品質」にかけるべき労力が圧倒的に不足しているのである。(それが5秒で鬱になれる理由でもある。)

 さて、タイトルの「ドッグは英語で犬」とどう話が繋がるのかというと...。夕方ふとテレビをつけてザッピングしてたら、たまたまバラエティ番組で「次々に出てくる簡単な文を聞いて、それが正しければYes、間違っていたらNoと全員でリズムに合わせて答える」というゲームをやっていた。その中で出題されたうちの一つが、この「ドッグは英語で犬」である。番組では、ロンブーの亮が「Yes」と答えたのだが、他のメンバーは「No」と答え、亮だけが不正解でブーイングを受けていたのだ...ちょっと待て。
 確かに「ドッグは、英語で言うと犬」だったら、明らかにおかしな文である。しかし、日本語には「ドッグは、英語で犬の事を言う」という言い回しも存在する。そして、この場合は何ら問題ない正しい文である。これを「ドッグは英語で犬」と省略してしまったとたんに、どちらの意味かわからなくなるのである。本当は、この多義的な文をたまたま亮は後者として解釈し、他のメンバーは前者として解釈して、作問者(恐らくは放送作家)は前者のつもりで作ったというだけの話なのだが、言葉に対しある解釈を行ってしまった時点で、他の解釈の可能性を想定できる人はほぼ皆無という現実により、亮だけが納得していないという、ある意味バラエティ的には一見OKな状況が出現したのである。(もちろん、亮と同じ後者の解釈をした視聴者が亮と同じ不快な思いをしたという意味で、バラエティ的にも本当は失敗なのだが。) さらに、日常会話において、多義的に解釈できる文が用いられて、そのうちの片方の解釈では明らかにおかしな意味になる場合は、もう片方の解釈を採用するのが、コミュニケーションにおける大原則であることを考えるならば、この場合はむしろ亮の解答の方が正解に近い。
 放送作家の立場で考えると、まず「瞬時に判断しにくい間違った文」のアイディアとして、「ある言葉を英語に訳すとこうなる」というものの英語と日本語を入れ替えるというナイスなアイディアを思いつき、「『ドッグは、英語で言うと犬』、これがいいや」ということになる。ただ、リズムに合わせるという都合上、短く「ドッグは英語で犬」としても、元の文と同じ意味を表すので、そのままOKとしてしまったのである。この流れの中で、この放送作家が間違いに気付くチャンスはほとんどない。唯一「元の文と同じ意味を表す」ではなく、本当は「元の文と同じ意味も表す」に過ぎなかったという所が、実は重大なポイントであったのだが。

 たまたまこの場面を目撃した時、仕事で日々苦しめられている「作問者の思い込みによる誤謬」のあまりにも典型的な例だったので、ついこの「ドッグは英語で犬」をメモしてしまっていた。最近またいろいろ工夫をこらしたクイズ番組がブームのようだが、見ると必ず1回の放送のうち何問かにはこの手の誤謬が含まれている。パズルやクイズは嫌いではないのだが、そういう問題が出てくると、とたんに口元が引き攣って笑えなくなっている自分を発見する。そして、「また職業病が出た」と深いため息をつくのである。

 当初書こうと思っていた内容とは、書いているうちに違う方向に行ってしまったが、それはまた別の機会に。(本当は「携帯メールや掲示板等の、言葉足らずの短文によるコミュニケーションの持つリスク」の話に持っていく予定だったのだけど(爆))
 さて、あと一週間で一旦この仕事は一山越えるのだが、実はその前にまた作曲のコンペの締切が入っている。今回はストックでもいいから何曲でもという話なので、とりあえず月曜いっぱいかけて昔の曲のアレンジを見直して提出しようかな、と。たまたま方向性が近いものがあるので。(週の後半のスケジュールはむちゃくちゃ大変になるが。)だから本当はこんな駄文書いてる場合ではないのだけど、まあ、気持ちを切り替えるためにも現状を総括しときたかったってことで。もーっとがんばれ自分。

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ダメダメココログ

 なんだかなーですよ、ホントに。
 3日に書いた記事の画像が消えていたのにさっきまで気付かなかった。恥ずかしい。なんでいきなり消えたのか、いろんな可能性を考えていたら、1つ思い当たる節があった。実は、あの記事は1回書いたあと、同じ記事をもう1回書いて、前の記事を消すという操作をやっているのである。どうやら、3/28のシステム変更で、記事を消したら、その記事用にアップロードした画像も同時に消えてしまうというスペックに変更されていたらしい。

 この話の中には、いろいろ問題点が含まれている。

 まずは画像のアップロードに関する仕様の変更の件。今までは画像のアップロード先ディレクトリが指定できたのが、それができなくなるというアナウンスはあった。今までの仕様では、記事中の画像も他のファイルをアップロードするのと同じ扱いで、ただ、アップロードと同時に記事中に画像へのリンクの html記述を挿入してくれるというものだったので、別にその画像は記事の付属物ではなく、記事を消しても画像データは残った。ところが、今回の仕様変更では、どうやら記事中の画像はあくまでもその記事の付属物らしい。(Niftyからのアナウンスのどこを見ても、そんな話はないのだが。) 記事を消したら同時に画像データも永遠に失われてしまうというこの重大な仕様変更を、何のアナウンスもなく行うというのは、いったいどういう神経をしているのだろう。これ、このまま放置しておいたら、いずれ、「ブログの整理をするために、画像は残して記事を全部消そうとしたら、大事な画像が全部消えた」なんていうトラブルが発生するのは目に見えている。もちろん、今回の私のケースのように、同じ画像を別の記事でも使用した場合に、その画像が実は最初にアップロードした際の記事に従属しているということを知らなければ、「過去の記事をなんらかの理由で消したら、いきなり他の記事の画像が消えた」というようなことは、当然のように起こるのであり、これから苦情が殺到するだろう。要するに、想像力が欠如しているのである。1つの仕様変更が、ユーザに対してどのようなインパクトを与えるのかをユーザの立場に立って考えることができないのだ。これは、システム管理者としては致命的な欠陥。

 もう1つ、なぜ「1回書いたあと、同じ記事をもう1回書いて、前の記事を消す」などということをやったかという話。ココログには、ココフラッシュとか言って、「更新通知」をonにしているココログ内のブログの全新着記事を常時表示する仕掛けがあり、うちのブログも更新通知はonにしているのだが、今までも、たまに確認してみると、書いた記事がかなりの頻度でココフラッシュで無視されており、今回もそうだったので、もう1度別の記事として書き直したら掲載されるか実験してみた次第。(結局2回とも無視されたが。) 問題は、どういう条件で、通知されたりされなかったりということが起きるのか、全く分からないこと。今までの例からすると、特にpingサーバへの通知設定をしていなくても、ココフラッシュに載った場合には他のブログ検索サービスでも早めに掲載されるが、そうでない場合は、いつまでたってもどこからも検索対象にならない、という傾向があるようである。まあ、うちのように愚痴ばっかりのブログは、検索されなくてラッキーって話もあるのだが(苦笑)、たまに役に立ちそうなことを書いた時に限って、なぜか更新通知がされない(涙)。pingサーバとかいうのがよく分からなかったこともあるが、pingサーバへの通知設定をすると書き込み時のレスポンスが悪くなるというような注意書きがあり、ただでさえ異常にレスポンスが悪いことの多いココログなので、今までpingサーバへの通知の設定はしていなかった。でも、さすがにここまで「ココフラッシュ」ルートがダメダメだと、どうにもならないので、さっき設定は変更した。といっても、ココフラッシュへの更新通知も送られない時に、ちゃんとpingサーバへの通知をしてくれるとも思えないが...。
 ちなみに、ココフラッシュへの更新通知と、各pingサーバ(含ココログPingサーバ)への通知設定は、環境設定では完全に別メニューになっており、ココログPingサーバへの通知設定がOFFだったからココフラッシュに載らなかったわけではない。実際、今までも問題なくココフラッシュに載るケースはあったのである。

 ココログに関しては、ココログフリーという「広告が入る代わりに無料」というサービスができて、それが有料サービスに比べ一部のスペックが明らかに上回っていたりするため、私を含めた有料サービスのユーザの大顰蹙を買っているのだが、その件も含め、全てにおいて、顧客の立場からすると何が正当で何が不当なのか、何をやらないと困るのか何をやったら困るのか、等の視点が欠落しているように見えてならない。その結果、物事の進めかたがおかしい、アナウンスの仕方がおかしい、全てが後手後手に回る、何をやっても顧客の神経を逆なでするばかり、ということになる。まあ、そのへんのことは、ココログに限らず、最近のサービス業全般について言えるのだが。(いつの間に、サービス業から「CS」という概念が消えたのだろう。)

 ココログがダメダメだからと言って、今さら他のブログサービスに移転するにも、過去の財産の移動も大変だしなー。ため息。

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雨の野点、春の嵐

060403_1060403_2 昨日は、友人が桜を見ながら野点をしてくれるということで、石神井川沿いのとある公園に集合。あいにく小雨のぱらつく中ではあったが、桜の木の下で、いきなり酒を飲みだすのではなくちょっと静かに季節を感じるというのはなかなかいい企画。当然、茶道の心得も何もない自分としては、見様見まねのおままごとモードではあったのだが。お抹茶とお菓子をおいしく頂きました。写真左は、石神井川の桜。
 雨足がちょっと強くなったところで、場所を友人宅に移して、宴会。今年に入ってから、実家に帰ったのと1月に友人とスキヤキ食いに行った以外、ずっと部屋にこもっての仕事が続いていたので、これがほとんど今年初の宴会。調子にのって、ビール・ワイン・焼酎と、自分にしては結構量も飲んだが、気持ちいいまま無事終電で退散。仕事では、成果物の納品もメールで、本当に全然人に会わない状態が続いてたので、久々に人間になれた気分。自宅で一人ではほとんど飲まないので、台所で眠っていた鹿児島の義兄からもらった幻の焼酎「魔王」も、この日無事その役目を全うしました。

060403_3060403_4060403_5 今週分の仕事の締切のため、金曜から土曜の夕方までほぼ24時間連続で仕事した翌日の日曜の宴会だったので、さすがに今日は全然起きられずに、昼の12時頃一度起きてまた二度寝して、結局午後4時過ぎに起床。近所の隅田川の桜も全然見ていなかったので、本当は今日の昼間に(天気もよかったようだし)見に行こうと思っていたのだが、夕方になってからようやく出かける。昨日の雨に続き今日は時折突風の吹く春の嵐で、隅田公園の桜も盛りは過ぎてかなり葉が見えてきていた。最後の写真は、桜越しに見える吾妻橋脇のアレ。今回は、昨日はあいにくの天気、今日は夕方だったので、青い空バックの桜が見れなかったのが残念。

 さて、短いピットインも終わり、あと2週間戦い続ければ長い長い仕事のピークは終了。がんばれ自分。

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