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「夜のピクニック」恩田陸

 夕食がてら仕事するつもりで行ったファミレスで、ちょっと読み始めたら止まらなくなり、つい最後まで読んでしまった(苦笑)。
 この前に読んでいたのが小川洋子の「博士の愛した数式」だったのだが、別に「本屋大賞」つながりで読み始めたわけでも、また映画の公開に合わせたわけでもなく、以前この物語の前夜を描いた短編を先に読んでしまっていたので、文庫が出たのを見て買っただけである。こういうタイミングで読むのは流行りに乗っかったみたいでひねくれものの私としてはちょっとイヤだが、そうやって斜に構えて敬遠していると後で後悔するというのもこの歳になってようやく学習したので、そこはためらわず。
 こういう甘酸っぱい青臭い話は、読む側が理屈をこねてもしょうがない。読んだまま感じたまま、それ以上でもそれ以下でもない。好きか嫌いかと言われれば好き、それだけで十分。ただ、これをどうやって映画化したのかというのはちょっと興味はある。理屈ではないぶん、むしろ映像的なのかもしれないが。
 そういえば、映画の方の情報では、半分同郷であることを言い訳に年甲斐もなく密かにファンであるところの加藤ローサ(彼女は半分イタリア出身、半分鹿児島出身である)がちょっと出ているらしいというのが気になっていたのだが、本を読んで、それがどの役なのかすぐ分かってしまい、思わず笑ってしまった。確かに、今この役にキャスティングするとしたら、彼女しかないわな。

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ようこそRichard Kingson様

 10/4のキリンチャレンジカップのガーナ代表の来日メンバーが発表になった。気になっていたGKには「リチャード・キングソン」の名前が。さすがに今度こそ情報に間違いはないだろうな。W杯の間ずっと彼のことを「キングストン」と呼び続けていたマスコミは彼に謝れ。土下座して謝れ。(何の話か分からない方は、こちらを参照。)
 今回のメンバーを見て、情報が混乱した原因の一端らしきものも発見。ガーナには、W杯メンバーにはならなかったが、MFに「ラレア・キングストン(Laryea Kingston)」という選手が存在するのである。もちろん、そんなことは何の言い訳にもならん。むしろキングストン氏にも謝れ。

 というわけで、当ブログはこれからもサッカーガーナ代表を応援し続け...るわけではない。

 次世代日本代表を応援したいのだが、なかなかその全貌が見えてこない。直近のスケジュールすら一切決めずに召集メンバーもスタッフも無駄に消耗させるとても大人の仕事とは思えないいわゆる「オシム流」は、どう考えても是認できるものではない気がする。もちろん、オシムだけが悪いのかどうかはよくわからないけど。メンバー発表が直前になるのはまだ構わないが、メンバー発表がいつになるかも、メンバー発表の日程がいつ発表になるかもわからないというのは、おかしいだろう。今決められないことについては、決める日程を決めておく。決める日程を決めることもできないことについては、決める日程を決める段取りを決めておく。もちろん状況が変化したなら決めたことを変更すればいいのであって、とにかく仕事に関わる者たちが今後何がどうなるのかさっぱりわからない状態で待機させられる状態を作らないように先のビジョンを提示し続ける。それがまともな大人の仕事のやりかた。代表監督は、第一義的にはあくまでも「スタッフ」であって、それを、周囲が腫れ物に触るような扱いで理不尽な独裁者に仕立て上げるのは間違っている。これでは、日本代表そのもの以前に、日本代表を支えるべき組織の方を心配してしまう。別に情報が出てこなくてファンがやきもきするだけなら構わないのだが、内部が動脈硬化を起こしているように見えるのはいかにもまずい。

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ヤフオク初体験即落札!

 (つづき)どうしても、既に製造中止の音源モジュールSC-8850を入手する必要があり、中古楽器屋も回ってみたが、全然市場に出回っておらず、帰宅後すぐハラを決めて、Yahooオークションに挑戦すべく、パソコンに向かった。
 まずは、SC-8850の出品状況を調べてみると、なんと、ちょうどあと30分でオークション終了となる物件が1つあるではないか。現在の価格を見ると...既に最近のSC-8850の落札相場より高い値がついている。でも、自分にとっての緊急度と、オークションでしか入手できないという状況と、たった30分で結果が出るというメリットを考えると、もう少し高値をつけても構わないと即断。しかし、この時点では、まだオークションに参加するための登録手続きも何もしていない。
 大急ぎで、まずヤフオクの流れの説明等をざっと読んで、適当に思いついたIDで登録手続き。プレミアム会員登録まで一気に終わらせて、再びくだんの物件の入札状況をチェック。その時点で残り4分。あわてて、現在の入札価格より1ランク上の予算設定で自動入札開始するも、先方の予算設定内。さらに10秒考えて、もう少しだけ予算設定を引き上げる。どうやら、先方はさっきの時点で同じ予算設定だったらしく、ここでようやく最高額入札者となる。この時残り2分。結局そのまま動きはなく、無事落札完了。
 あと4分で逆転された前の最高額入札者さんは、最後の状況を見ていたのかなあ。とりあえずこれが私のネットオークション初体験。でも、今回は駆け込み落札であり、不安なまま数日待機したり、逆に直前にさらわれたりということもなかったので、短気な自分としては、これで今後ヤフオクにはまるなどということはないと思う。出品する側はかなり面倒くさそうだし。

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音源モジュールがダウン

 もう長い間、DTM用のマルチ音源としてはRolandのSC-8850を使っているのだが、こいつがここのところ調子が悪く、何度か電源を入れ直さないと立ち上がらないという状態が続いていた。一旦立ち上がってしまえば、電源を切るまではほぼ問題なく使えるので、だましだまし使っていたのだが、ここに来て電源を入れてちゃんと立ち上がる確率が1割を切ってきたので、さすがにもう限界を迎えたようである。

 このSC-8850は、GM音源の発想の延長線上で、プリセットの音色の種類をとにかく増やすことで様々なニーズに答えるというタイプのものの中では、最高クラスの音色のバリエーションとクオリティを誇っていたが、もうずいぶん前に製造は終了している。私の場合は、ドラム+ベース+ギター+ピアノを中心に、弦や管その他を加えるという、生バンド編成を基本としたアレンジを打ち込みで再現するということがメインなので、プリセットでそこそこ使えるいろんな楽器のバリエーションが用意されているこの音源は大変重宝しているのである。ところが、マルチ音源を演奏者に見立てて、実際の演奏を再現するイメージでデモないし作品を作成するというような使い方は、音楽制作の場面では今や少数派であり、サンプリング素材を並べて組み立てて、それに効果音的に音を重ねていくというような発想が主流になってしまっているので、その時流に押された形で、RolandもSC-8850の路線から撤退して、今はDTM専門のEdirolブランドで、SC-8850よりもずっとお手軽な音源を出しているだけである。
 最近は、そもそも外部音源ではなく、ソフト音源を揃えていくというのがDTMの主流らしい。私自身も、特殊な音が欲しい場合等には、たまにLogicのソフト音源を使うことはある。でも、このソフト音源だけで全部作ろうとすると、生楽器系はサンプリング音源という形でしか入っていないため、各楽器の奏法によるニュアンス等は再現されないし、シンセ系のモジュールも、音色のエディットを一から学習しないとプリセット音だけでは全然使えないので、全然思うような作品ができない。もちろん、Logic付属のソフト音源だけではなく他にもいろいろ出ているだろうから、もっといいものもあるのかも知れないが、マルチ音源という発想ではなく、用途を特化した様々な音源を買い揃えていくというイメージになるので、多様なジャンルの曲のデモを短時間でどんどん仕上げていかないとならない今の自分の立場だと、これから一気にソフト音源の世界に移行するのは、正直かなり大変である。ジャンルを特化すれば、ソフト音源を揃えるという発想の方が、自分の作りたい音楽の制作のためのシステム構成の自由度は高いのだろうが、逆にそのシステムを使って作る作品はそのシステム構成によってかなり制約を受けるので、オールマイティにそこそこのクオリティの作品が作れるシステムを構築するには、多大な労力と投資が必要となりそうである。とはいえ、いつまでも古い環境を引きずり続けるわけにもいかないので、そろそろ環境変えていくための投資が必要な時期に来ているのは確かなのだが。

 それはともかく、まず当面の差し迫った問題は、このSC-8850で作った膨大なストック曲データをどうするかということである。ストック曲も、録音した結果をそのまま使うのであればよいが、発注に合わせて構成を変えたりキーを変えたり、アレンジを修正したりというようなことをするためには、SC-8850自体がないと話にならない。もちろん、別に完全に再現しないとならないということはないので、時間があれば、別の音源で代わりの音色を探し、それに置き換えてバランスやニュアンスを整えるためデータを調整するという作業を地道にやればよいのだが、ストック曲を出す時というのは、とにかく時間がない時なので、そんな作業を逐一やっていられない。どこかでまとめて時間を取って過去のデータを全部移行するなどというのも、ストックの量から考えて現実的ではない。ストック曲を使い続ける間、さらには、新しい次の制作環境が立ち上がり、そこでの作業が確立されるまでの間は、SC-8850の完動品がどうしても必要なのである。今のSC-8850を修理に出してみるという手もあるが、その場合も、2〜3日で修理が完了するものでもないだろうし、入院中に空白期間を作るわけにもいかない。そこで、(前述のように、SC-8850は既に製造終了なので)とりあえず中古市場をリサーチしてみることにした。
 まず、Yahooオークションを覗いてみると、SC-8850は何点か出品されているが、中古とはいえ結構立派なお値段がついている。もちろん当時の新品の売価より高いことはないが。そもそも、ヤフオクは未経験領域であり、大事な機材を見ず知らずの人から買うというのも不安ではある。次に、ネット上で在庫状況を公開している中古楽器店を覗いてみるが、こちらには全く出回っていないようである。

 今日は、御茶ノ水のイシバシ、渋谷のKeyとイケベに実際に足を運んで様子を聞いてみたが、かなり長い間SC-8850の入荷はないそうである。やはり、人気機材はネットオークションへ流れているようだ。イシバシで、ネットで調べたSC-8850の落札相場(3〜4万円)を話したら、「それは高すぎる。うちならせいぜい1万円を超えるか超えないかでしょう」と言っていたが、Keyでは「もし入荷していたら、49800から59800ぐらい」と言っていた...。ううむ。
 結局成果はなく、すごすごと帰ってきて、これはやはりヤフオクに挑戦するしかないか、と、パソコンに向かった。すると...(つづく)

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またやってもた...

 19:20頃にジムに到着。土曜は21:00まで(マシンエリアは20:30まで)なので、急いで準備をして、ランニングマシンで走り出す。そのとき、確かにやけに空いてるなとは思ったのだが。ヘッドホンをしてTVの音声を聞いているので、館内放送は聞こえない。しばらくすると、なぜかインストラクターが他のランニングマシンの電源をブチブチ切り出した。一瞬何が起きたのかわからず、なんか感じ悪いなと思っていたのだが、ふとある可能性に思い当たり、時計で日付を確認。これって、もしかしたら...。
 あわててヘッドホンを外し、そのインストラクター嬢に聞く。
「もしかして、今日って休日ですか?」
「はい、休日営業になってます(営業笑)」
早く言ってくれ...

 日曜祝日の営業時間は20:00まで、マシンエリアは19:30までなのである。世間の休日とは全く関係のない仕事をしている身としては、そんなもん知るか!ってなもんである。
 結局3分ぐらい走っただけで、風呂だけ入って退散。不毛だ...。

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朝*新聞サービスアンカー

(当方から電話をかける)
(相手出る)
機械音声「フリーダイアルです」
相手「・・・(無言)」(註1)
当方「・・・もしもし?」
相手「(老齢の男性の声で面倒くさそうな語尾上がりで)はい?」
当方「こちら朝*新聞を取っている者なんですが・・・」
相手「・・・」(註2)
当方「あの、もしもし?」
相手「なんですか?」
当方「えーと、古紙整理袋ってありますよね」
相手「はあ」
当方「あれがもう何ヶ月もずっと全然入ってないんですよね」(註3)
相手「そうですか。あなたどなたですか?」(註4)
当方「えっ?あ、あの、***マンションの**です」
相手「住所を教えて下さい」
当方「・・・*********の**です」
相手「*********の**さんね。じゃあ、担当の者に入れるように言っておきますので。(話をまとめて切ろうとする)」
当方「あ、えーと、うちは新聞代自動引き落としにしているんで、もしかして集金の時にしか渡してなくて、うちは無視されてるんじゃないですか。それでは困るので、自動引き落としでも毎月必ず入れるようにして欲しいんですが」(註5)
相手「(面倒くさそうに)そのように担当の者に言っておきますので」
当方「・・・ではよろしくお願いします」(註6)
相手「はい」
当方「・・・」(註7)
(電話を切る)


電話をかけた相手は「朝*新聞サービスアンカー」。
お願いですから、その看板は下ろして下さい。


註1:そこはまず「はい、朝*新聞サービスアンカーです」だろ。

註2:そこはとりあえず「いつもありがとうございます」かなんか言うだろ。

註3:新聞屋の配る整理袋がないと、日々配られる新聞と無駄に大量に入っているチラシを整理する術がない。古紙整理用のカゴのようなものを自前で導入することも考えたが、それだとひもかけして捨てる作業が大変である。新聞屋の配る袋と同じようなものが売っていればまとめて買おうと思っているのだが、そのような物が市販されているのは見たことがない。ちなみに、ここの朝*新聞は、定期的な古紙回収も実施していないので、たまった新聞は通常のゴミ回収で古紙として出すだけである。

註4:そこはまず「申し訳ありません」だろ。

註5:自動引き落としの場合、こちらから何も言わないと自動更新されるが、毎年足を運んで契約更新をもらってくることでノルマを達成し評価される新聞配達業としては、自動引き落としの客は客とは思っていない節がある。むしろ、評価されない上に配達の手間は増えるということで、忌み嫌われているのではないか。新聞社対個人ということでは、自動引き落としにすることは無駄な労力が省かれて明らかに双方にメリットがあるはずなのだが、間に新聞配達業が入ることにより、そのメリットが適切にサービスに還元されていないのである。別に洗剤やたわしが欲しいわけではない(それはむしろ迷惑)。やるべきことをきちんとやってくれというだけである。ちなみに、自動引き落としの客に対しても、領収書とともに、古紙整理袋をポストに入れるということが、本来毎月のルーチンワークとなっているようであるが、最後に領収書が届いたのは4月である。なお、毎年自動更新で放置しているのは、別に朝*に肩入れしているわけではなく、巨人が嫌いな自分としては他にろくな選択肢がなく、消去法でやむなく朝*にしているだけである。

註6:「そうではなく、テメーが窓口なんだから、まず言うべきことがあるだろ」と思いながら、どちらかが何か言わないと話が閉じないので、こう言ってしまった後、「なんでオレがオネガイせんといかんのや!」と思っている。

註7:「今までも何度か同じようなことがあったが、結局何も改善されてねーじゃねーか」とか「何を勘違いしてるのか知らないが、読み終わったら紙くずになる新聞紙と大量のチラシを毎日配付している新聞社にとって、古紙回収を推進するのは社会的責務だろう。別に法律や条例で決まっているわけではないかもしれないが、古紙整理袋の配付はサービスではなく義務なんだよ。本当は、無駄に多いチラシのせいで、月に1袋でも全然入り切らないのに、何ヶ月も配付しないなんて、人の部屋を古紙でごみだめにするつもりか」とか「サービスアンカーなどと名乗るからには、新聞社にとっての顧客サービスの窓口という位置づけじゃねーのか。自動引き落としの客を無視するんじゃねーっての」とか「だいたい、さっきからその電話の応対はなんだ、それが客に対する態度か」とか、怒鳴りちらしたい言葉が山ほど頭の中を渦巻くが、この相手に何を言っても無駄に消耗するだけであろうことも明白なので、血管が切れそうになりながら絶句している。

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ゼータ関数の話

 最近、北野武が数学の深夜番組をやっているが、今週の話で、前々から「許せない」と思っていたある式が出てきたので、それについて。
 その式とは、次のようなものである。

ζ(0)=1+1+1+・・・=-1/2

 1を無限回足した結果が-1/2になるという、小学生が見てもおかしいとわかる式。こんなものを見せてこれが今の数学の成果であるみたいなことを言うから、「数学なんて結局象牙の塔でわけのわからない思考ゲームを繰り返しているだけの現実世界には役に立たない学問」というような印象を与えてしまうのである。
 もちろん、こんな式が正しいなんて数学者が言っているわけではない。(少なくとも、イコールの記号の意味を変えない範囲においては。) ただ、数学に携わる者がこんな式を持ち出してくるのには当然なんらかの意図はある。ここで言おうとしているのは、本当は次のような内容であると思われる。(大筋は間違ってないと思う、多分。)

*****
ゼータ関数は、z>1(厳密にはzの実部が1より大きい複素数)の範囲においては
ζ(z)=1^(-z)+2^(-z)+3^(-z)+4^(-z)+・・・
と定義されるものであるが、さらに、この関数が数学的に意味のあるような「ある特徴」を保つように、上記範囲以外のzについても値を持つように定義域を拡大して再定義してやる(「解析接続」のこと)と、
ζ(0)=-1/2
ζ(-1)=-1/12
等の値を取る。
もし、元々の定義のまま考えるならば、
z=0では1+1+1+・・・
z=-1では1+2+3+・・・
と、いずれも∞に発散する無限級数であり、これだけ見ると、-1/2や-1/12といった値とは無関係に思える。しかし、これらの無限級数に量子力学の世界と関連する「ある解釈」を与えてやり、その上で「余分なファクターを除外する」という操作(「繰り込み」と言うらしい)をして、「1+1+1+・・・」や「1+2+3+・・・」の中の意味のあるファクターだけを見るとそれぞれ-1/2、-1/12という値になるということが近年明らかになった。つまり、ゼータ関数は、定義域が拡張された範囲においても、おおもとの定義である無限級数の「ある解釈の結果」としてその値をとらえることができることがわかったのである。
*****

 私自身、細かい中身を理解しているわけでは全くなく、大ざっぱな情報から意味の通る文脈に構築してみただけだが、これだけ見ても、間違っても「1+1+1+・・・」と「-1/2」を単純にイコールで結んでいいはずがないのは明らかである。にもかかわらず、「今の数学ではこういうことになっているらしい」というような文脈では必ずと言っていいほど「1+1+1+・・・=-1/2」「1+2+3+・・・=-1/12」という式が登場する。これが(数学にそれなりの思い入れのある者としては)許せないのだ。
 この繰り込み云々の話は、どちらかというと、数学が「机上の空論」の世界ではなく、例えば量子力学と言った現実世界と密接に繋がっている世界であるということを示す話であるはずなのに、話を面白くするために途中の文脈をすっ飛ばして「1+1+1+・・・=-1/2」などという無茶な式を前面に出してしまっているがために、全く逆の印象を与えてしまっているのがなんとも腹立たしい。「一見」どころか本当にデタラメな式を見せられて「不思議ですね」と言われても、馬鹿にされたような気分になるだけである。

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検索ワード/フレーズ

 ココログのアクセス解析で検索ワード/フレーズをたまにチェックすると、なかなか面白い。明らかに間違ってヒットしてしまったらしく「ここにはあなたの求める情報はありません、ゴメンナサイ」ってものから、なぜそんなピンポイントな組合せで検索してくるのかと驚くこともある。

 そんな中、晴れてここ4ヶ月ぐらいの検索ワードのトップに輝いたのは...なぜか「ぐるぐるあーす」。

 えっと、確かに「ぐるぐるぐーぐるあーす」というタイトルの記事は書いたけど、どこにも「ぐるぐるあーす」と書いた覚えはないのだが...。
 どうやら、「Google Earth」のことを小耳に鋏んだが、いい加減な伝言ゲームで「『ぐるぐるあーす』とか言う名前」という情報しかなく、それを検索してみたら、検索エンジンが「ぐるぐる」と「あーす」の2つの単語に分けて解釈してくれて、めでたくうちのブログにヒットしてしまったという流れらしい。
 で、実際にいくつかの検索エンジンで試してみた。が、「ぐるぐるあーす」でうちがヒットする気配はない。なので、さらにアクセス解析で詳しく見てみると、「ぐるぐるあーす」の検索ワードによる来訪者は全てMSNの検索エンジンを利用していることが判明。逆に、MSNの検索エンジンで来訪した人の中で検索ワードが「ぐるぐるあーす」であった者は、半数近くに及んでいる。早速MSNのサイトから検索してみると、確かに2番目にヒット。しかも、最初のページに表示された中で、ヘッドラインを見て明らかに「Google Earth」について書いてそうなのはうちしかない(笑)。なるほど。

結論
「『ぐるぐるあーす』で検索して、「ぐるぐる」と「あーす」を別の単語だと認識する検索エンジンはMSNだけらしい」
「『Google Earth』を間違って『ぐるぐるあーす』と伝え聞いた人、ないし、ふざけて『ぐるぐるあーす』と呼んでいたのをそのまま信じてしまった人は結構いるらしい」
「MSNで『ぐるぐるあーす』で検索した人はみんなうちにくるらしい」

うーん、本当の無駄知識だ。

 と、ここまで書いてふと気付く。今度は「ぐるぐるあーす」で検索すると、MSN以外でも明らかにこの記事がヒットしてしまうではないか(苦笑)。えーと、うっかり「ぐるぐるあーす」で検索してしまった方、正しくは「Google Earth」(グーグル・アース)ですので、よろしく。

 以下、最近の秀逸な検索ワードの組合せから。

「稀勢の里 キティパワー」
 何事かと思えば、この日稀勢の里が朝青龍から金星を挙げたらしい。白鵬も倒したし、今場所は三賞間違いなしか。恐るべしキティ御大。

「品川駅 JR 京急 乗り換え SUICA」
 なんとピンポイントな。同じことを考えてる人はやはりいるもんだ。

「北千住駅長 作曲」
 その背後にいかなる物語が存在するのか、非常に気になる。

「斉 斎 齋」
 これは...(爆)。えっと「齊」も忘れずに。

「ぐるぐるあーと」
 全然違います。

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猫森集会初日

 なんと20ん年ぶりに、谷山浩子さんの生歌を聴きに行ってまいりました。全労済ホールスペースゼロにて、8日間連続公演の「猫森集会2006」の初日、Aプログラムの「王国の日」。

 谷山浩子という存在に最初に出会ったのは、(我々の世代では結構多いのではないかと思いますが)オールナイトニッポン2部というやつです。当時まだ高校生。記憶は曖昧ですが、多分ヤマハつながりで、中島みゆきのオールナイトニッポンからのリンクでたどり着いたのではないかと思います。鹿児島では1部しかやってなかったので、遠くの電波を必死で拾いながら聴いていました。不思議な歌世界と、澄み切った歌声。それとあのすっとんだオタクトークとのギャップ。彼女の存在は、ナイーブな少年(?)の心をわしづかみにしました。私が鹿児島に住んでいながら大洋ホエールズのファンになってしまったのも、彼女のせいです。
 大学に入って上京してすぐ、ちょうど「たんぽぽサラダ」(当時はもちろんCDではなくLP)が発売されて間もない頃に、1度だったか2度だったかコンサートに行きました。ただ、大学でバンドサークルに入って活動している中で、「谷山浩子が好き」というのを全面に出すのはなんとなく気恥ずかしかったのかもしれません。当時そのサークルは、フュージョン&ポップスから、ロック全盛への転換期という感じで、いずれにせよ、そのサークルの枠内では谷山さんとは接点がなく、自然とあまりフォローしなくなってしまいました。ただ、「たんぽぽサラダ」だけは、その後もずっと今日に至るまで愛聴盤として、聴き続けています。
 時は流れて。作曲を本気でやりたくなって会社を辞めたころ、再び谷山浩子さんの存在が自分の中でクローズアップされるようなある出会いがありました。そして、自分も音楽を創造することを志すようになってあらためて、彼女の音楽世界がいかにワンアンドオンリーなものであるか、また彼女の歌声がいかに希有なものであるかを再認識しました。

 今回、コンサートに行くことを決めてから、フォローしていなかった時期の空白をうめるべくアルバムを何枚か聴いてみたのですが、20年前から全く軸がぶれずに、まっすぐここまで来ていることに感動すら覚えました。そして、コンサートでも、昔のままの浩子さんに会えるに違いないと確信しました。
 しかし、20年という歳月を経て、何も変わらないということはありませんでした。僕の前に姿を現した彼女は、昔のままの谷山浩子ではなく.....より一層パワーアップした谷山浩子だったのです(笑)。歌声ももちろん素晴らしいのですが、ピアノ弾き語りとしての演奏の完成度は、本当に凄いと思いました。彼女に歌ってもらえる歌は幸せ者です。そして、昔からの作品をずっと大切に色あせさせることなく歌ってくれるから、彼女のファンも幸せ者です。

 今回のセット(Aプログラム)は、ゴシックファンタジーの世界っぽい曲を集めたということ。ゲストは、ずっとサポートしている石井AQ氏の他に、フルートほか笛全般の旭孝氏、さらに「テルーの歌」の手嶌葵嬢。基本的にトークが全くNGの手嶌嬢が登場した時は、谷山さんも含め、会場にいる(本人以外の)全員がなんともいえない緊張に包まれたわけですが(笑)、その歌声は、さすがに宮崎吾朗監督がほれ込んだだけのことはあり、なかなかの存在感を示していました。

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大相撲初体験

060911_1 先月久々に会った会社時代の友人に誘って頂き、今日は初めての大相撲観戦。しかもマス席。本日は九月場所の初日。ちょうど昨日の夜のTV「出没!アド街ック天国」が「両国」で、(午前様で帰宅後)ビデオでチェックしたので、予習もバッチリ? 天気は、ここしばらくの秋の気配はうそのような、真夏のごとき陽気。

 一時半に両国駅集合で、幕下の最後のあたりからの観戦。座席は正面側。1つ1つの勝負とはまた別に、下の番付の方の取り組みから、徐々に力士や行司のランクも取り組みの内容もレベルアップしていき、結びの一番のクライマックスを迎えるという大きな流れも感じることができて、なかなか楽しい。初日なので、優勝争いの盛り上がりとかはまだない代わりに、北の海理事長の挨拶や、賜杯返還、優勝額除幕式等のイベントが見られる。
 ただ、今日一番盛り上がって地鳴りのような歓声が上がった場面は、高見盛が朝赤龍を破った一番(笑)。あの分かりやすいパフォーマンスがいかに観衆の心をつかむかは、実際に現場で見ないと分からない。あと笑ったのは、稀勢の里のハローキティの化粧まわし。サンリオからの懸賞金の謳い文句は「ハローキティ相撲コラボ展開中」。キティパワーで、大関白鵬を撃破。
 それにしても、なんだか強い力士のほとんどが外人部隊になってしまってるのは、さみしい。初日から栃東も魁皇も負けてしまったけど、千代大海あたりには、もう一頑張りしてもらいたいものだ。ただ、やっぱり次世代の国産スターが出てこないとなあ...。

060911_2060911_3 初日はめでたく満員御礼。そういえば、この日は皇太子夫妻が娘を連れて中入り後の後半からご観戦。ご一家入場の際には、審判部の面々も起立して出迎え、観客もみんな一目愛子様を見ようと正面2階に注目。我々の席は頭上が2階席だったので、私は面倒なので見に行かなかったが、盛り上がる観衆の姿が面白かったのでそちらを見物していた。その後、「行啓記念」と書かれた大入り袋(10円入り)が配られる。

 マス席は、さすがに現代人の大人の体型では4人座るのは大変だけど、この狭い席で窮屈な思いをしながら「ままごと」のように宴会をしながら観るというのが1つのイベント。食べた弁当は琴欧州弁当。持ち寄ったつまみ等もあったので、国技館の地下の巨大(?)工場で作られているという名物やきとりはお持ち帰り。

060911_4 左の写真は、本日のお持ち帰り品。初日でまだ空白の星取り表、大入り袋、名物やきとりに、ビールについてきた朝青龍のイラスト付きのコップ。

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三軒茶屋の渋い裏通り

 いつもお世話になっているボーカルのST嬢のライブがあるということで、高校時代からの友人(奴と会うのも1年ぶりぐらい)を誘って三軒茶屋へ。今回はギターとピアノだけのアコースティックな編成だったので、じっくり歌が聴けてよかった。懐かしの歌謡曲コーナーの選曲のセンスもなかなか。私の個人的な好みとしては、音圧は上げずに、この編成+パーカッションで、もうちょっとビート感も出ればベストかな、と思ったり。音楽畑ではない友人も楽しんでいたようなので、誘って正解。
 そのライブのあった店というのが、三軒茶屋の裏通りのなかなか渋い場所にあり、ライブ後はおっさん2人で、近くのもつ焼屋で一杯。三軒茶屋というと、なんとなく田園都市線沿線で、おしゃれな街というイメージもあるけど、ちょっと入ると昔ながらの飲み屋街もあって不思議な感じ。厄年のオヤジ同士の愚痴をこぼしながら、土曜の早い終電まで語り合う。

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マンガ喫茶ほぼ初体験

 前から、マンガ喫茶というものを利用してみようと思っていたのだが、なんとなく入りにくく、今まで1度しか行ったことがなかった。去年の正月に、 アニメの主題歌のコンペの参考に、その原作を読もうと秋葉原のマンガ喫茶まで出かけたけど、置いてなくて、関係ないマンガをちょっと読んで帰っただけ。マ ンガ自体、中学高校のころはほとんど読んでおらず、大学時代からスピリッツやヤンジャンを読んでたぐらいで、それもスピリッツがつまらなくなってから全然 読まなくなった。本は読むけど、作曲なんかやってて、もっと時代の空気に触れないとという時に、マンガ文化を無視するのはまずいなとは思っていたので、今 から自分で買うよりは、マンガ喫茶を行動エリアに加えたいとは思っていたのだ。
 というわけで、いつも行ってるスポーツクラブの下にある「自遊空間」に、重い腰を上げて足を踏み入れてみた。というか、今そこのパソコンからアク セスしてるのだが(笑)。なるほど、こんな感じなら、ジムの帰りに1時間ぐらい寄って腹ごしらえがてらお目当てのマンガを1冊ずつ読んでいくなんてのはア リかもしれない。ただ、ここは各ブースの防音が全くなくて、結構うるさい若者とかもいるようなので、それがちょっとヤだ。受付の店員の声も筒抜けだし。次 からはiPodを持ってこないと。(本当は、本やマンガを読むときは、BGMも邪魔なのだが...) ちなみに、今何を読んでいるかは内緒。

 それはそうと、よく考えたら、自分のブログをWindowsマシンで見たのは初めてかもしれない。ううむ、最近のMacに慣れていると、この読み にくさは衝撃的だなあ。文字の詰め込み方の思想が根本的に間違ってる気がする。(それに、まさか、WebでもMacで書いた全角チルダの波が裏返しになっ ているとは。) かえすがえすも、これをスタンダードにしてしまったマイクロソフトの罪は重い。ビルゲイツが悪いというよりも、日本語版のクオリティが異 常に低いのではないかという気がする。

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帰省顛末記

 たまっていたものを一気に吐き出そうと帰省前後の話を書きなぐったら、記事が10件を超えてしまい、さっき書いたものが既にトップページに表示されない(涙)。さらに、これはココログの一番ダメなところなのだが、最新記事10件を表示するトップページに「次ページ」というリンクボタンが存在しないので、最新から11番目以前の記事をすぐ読むことができない。
 一応、各月の記事一覧であれば、その月の記事は全て表示される。なので、サイドバーの「バックナンバー」という一覧の中の「2006年9月」というリンクを踏めば、今月の記事は全て読めることになっている。最新10件以外は全てバックナンバーというのはなんともおかしな話ではある。

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行政区分名と地名

 今回鹿児島を訪れて、あらためて、平成の大合併によって「地名」というものがなんとも無残に踏みにじられたのだなあということを感じた。ドライブで通った喜入は、今は鹿児島市の一部だが、2004年までは揖宿郡喜入町だった。開聞町や山川町は指宿市に編入されたらしい。母親の故郷の日置郡市来町は、いまや「いちき串木野市」の一部である。平成の大合併以後の市町村名を言われても、実際にどの範囲を表すのかさっぱりわからない。市町村という行政区分は、もはや「地名」としての用をなしていないのである。このことはもう少し真面目に考えた方がいいと思う。行政区分とは切り離した「地名」という概念を、もうすこしクローズアップするような仕掛けを考えるべきではないか。行政サービスのリストラのために、行政区分を切り替えるのはいい。でも「地名」には歴史の重みがある。行政区分の便宜的な名前なら、ひらがなやカタカナでも、「西東京市」等という全くナンセンスな名前でも構わない。でも、それをその地を表す言葉として認める気にはならない。たとえ、自分の出身地の行政区分の名前は変わっても、出身地名は変わらない、そういう発想での地名の復権というものを、真剣に考える自治体は現れないものだろうか。

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道の駅・開聞岳・イッシー

060908_4060908_5 特に目的もなく、薩摩半島を錦江湾ぞいに南下し、途中喜入で「道の駅」という施設に立ち寄る。東京にいるとほとんど存在を知ることはないが、財団法人道路保全技術センターという団体が全国の主要道路に展開する、一般道路のサービスエリアのようなものであるらしい。(ちなみに、ネットで調べたところ、全国には845箇所もあるが、東京都には来年ようやく1つ目が誕生するらしい。)写真は、その道の駅から見た日石の喜入基地と、駐車場脇に植えてあったハイビスカス。
060908_6060908_7 そのままさらに南下し、開聞岳を眺めながら、指宿市街を通過して、大ウナギで有名な池田湖で小休止。指宿市は、子供のころはあまりよくわからなかったが、いかにも地方の温泉地という感じの街並みで、メイン道路から目に付く所にあっけらかんと風俗店があったりする。有名な砂蒸し風呂があるような大きな宿を除くと、地方の観光地にはなんともわびしい風情がある。開聞岳は、写真では残念ながら雲がかかっているが、形だけで言えば富士山よりもきれいな円錐型。ご多分にもれず、「薩摩富士」などと言われているが、富士山と比較するまでもなく、これはこれで存在感のある山である。そして、池田湖。一時のブームに乗っかったイッシーの像。これはもはやある種ワビサビの世界。
 最後は、薩摩半島の尾根にあたる部分を走る指宿スカイラインという謎の一般有料道路を走って鹿児島市まで帰る。なんだか物悲しい感じの半日ドライブであった。

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母校訪問

060908_2 帰省2日目の午後は、両親と3人で薩摩半島を南に向かってドライブ。運転手は母親。途中、中学高校の6年間を過ごした母校に寄って、校内を散策。当時のままの懐かしい建物と、その後新築された建物が混在しており、不思議な感覚。ミッション系の男子校なので、学内には「ブラザー」と呼ばれる修道士たちがいる。当時の校長も、赤ら顔の外人ブラザーだったのだが、ちょうど我々が卒業する直前に病気で亡くなった。我々の代は、彼の名前の書かれたものと、新しい校長の名前の書かれたものの、2枚の卒業証書を持っている。校舎の玄関前には、当時はなかったその校長のレリーフが飾られている。
060908_3 校舎はいろいろ変わっていたけど、グラウンドは昔のまま。中学高校当時はまだサッカー人気に火がつく前だったので、当時も間違いなくそこに鎮座していたサッカーゴールにも、今感じるような象徴性は何も感じなかった。でも、それはたしかにいつもそこにあった。自分は運動部の部活動はやっていなかったけど、いわゆる「必修クラブ」というもので使っていたテニスコートで、落ちていたテニスボールをなんとなく1個拾って帰る。

 東京に帰ってきてから、ふと気付いた。そういえば、必修クラブでやってたのは、硬式ではなく軟式テニスだった...(爆)。

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無茶な多角経営

060908_1 両親が姪たちを送っている間に、天文館通りのはずれで見つけた謎の店。時計・宝石・回転焼き・かき氷とあるが、どうもメインは金券ショップのようである。

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3人のめい

 「姪」でもあり、「となりのトトロ」の「メイ」でもある。下は保育園児から上は小学校高学年の3姉妹だが、これがなんともかしましい。
 今回は、なんのプランを立てるひまもなく帰省したのだが、連絡をとったところ、珍しい人物が帰ってきているということで、じじばばの家に泊まりに来ると言い出したらしい。子供たちと同じ部屋に寝かされそうになったのだが、前の日から寝ておらず、かつ睡眠に関しては非常に神経質な自分としては、さすがにそれだけは勘弁してくれということで、他の部屋を確保。それでも、子供たちにしてはかなり遅い時間まで続いた夏休み最後の大騒ぎにつきあって、部屋に落ち着いたのは0時近く。なんせ、子供たちの悪ふざけは、しつこい。しつこい上に3人もいるとどんどんエスカレートしていき、最後には必ずケンカである(苦笑)。男の子の子育ては大変だと言うけど、女の子でも3人もいたら、こりゃ大変だ。まあ、じじばばがあまり厳しく言わないから、ここにきたらいつも以上にタガが外れているのだろうけど。
 タイミング悪く、帰省の日程が子供たちの両親が忙しい時に重なっていたので、翌日の午前中はばばと私と子供たちの5人で水族館に行くことにする。(車の定員の関係で、じじは置き去りである。) ここでも子供たちはなにかにつけてはケンカが始まる。といっても、言い争った3分後には仲良く走り回っていたりするのだけど。基本的に、上の子がやっていることを下の子も同じようにやりたい、でもうまくできない。そこを上の子がまたやってしまう。下の子泣き出す。でも上の子も遠慮してやりたいことをやらないなんてことは納得がいかない。ってな構図である。もうこればっかりは年齢の序列のしっかりついた姉妹である以上、本質的な構図なので、どうにもしようがない。子供たち同士の関係について大人たちができることは、実はそんなに多くないのかもしれない。
 イルカのショーまでしっかり満喫したあと、じじと合流して昼食。ここまでで今回は私は3姉妹とはお別れ。次に会う時には少しは大人になっているのか、それとももっとパワーアップしているのか(笑)。

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簡単ケイタイでメール?

 実家にもインターネット環境が整っていたのにも驚いたが、ついに父も携帯電話を持たされるようになったというのもびっくりである。両親とも、よく使う通話先を1ボタンで呼びだせる等、いわゆる簡単操作タイプの機種のようである。一応、i-modeやメールは使用可能だが、当然一度も使ったことがないということなので、i-modeの乗り換え案内サービスを使ってみせたり、メールの基本的な送信方法を教えたり。簡単操作のため、メニューの階層化が崩れている上、文字が大きく表示文字数が少ないぶん、通常の通話以外の操作はかえって面倒な部分もあり、実際に使うことはないだろうが。
 ちなみに、父はPCは使っているが、メールは一切使っていない。ウイルスやジャンクメール等の問題さえなければ、数字キーで文字をちまちま打つ携帯メールは無理でも、PCメールを使えるようになること自体はそんなに難しいことではないはずなのだが、余分なマイナス要因がハードルを上げてしまっており、こちらとしても責任をもってPCメールの利用を勧めることができない。今の父にとっては、文章でコミュニケーションできるメールは、一つ大きな武器になりうるはずなので、その正常な利用を阻害するネット社会の暗部に、あらためて怒りを覚える。

 30日に帰京した時、羽田到着時刻頃に、案の定調子に乗った母親からメールが届いていたのは笑ったが、それに対する返信は読めたのだろうか。そういえば、自動着信したメールの見方は教えたが、電波の状況などですぐに受信できなかったメールを手動で受信する方法は教えていなかった(苦笑)。

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脱ワープロ化計画

 母親の方は、パソコンは使わないが、いろいろ文章は書く人なので、困ったことに未だにワープロを使っている。ワープロ自体もう壊れても修理もできないし、データもつぶしがきかないので、早くパソコンに移行して、データも全部普通のテキストファイルに変換しろと、父ときびしく言い聞かせる。実際、大事なデータのフロッピーのデータが壊れて、プリントアウトもなく復旧できなかったことも既にあるらしい。ただ、パソコンは何がいいかというような話になると、自分がMacしか使わないので、こちらもよくわからない。ワープロの代わりにだけ使えればいいというニーズに応えるのは、かえって難しいのである。メーカーの「簡単操作」という謳い文句が本当に簡単であったためしはないし、なんせ敵はWindowsである。この件についてはとりあえず保留。
 ワープロデータの変換については、どうも父の言っていることと話がかみ合わないので、よく聞いてみると、どうやら父は「ワープロでプリントアウト→スキャナーで読み込み→OCRソフトでテキストに変換→誤変換を修正」という手順で1つ1つ自分でやることを考えていたらしい(爆)。実際に新聞の記事しか存在しなかった原稿からデータを起こしたことがあったそうで、その方法しか思いつかなかったようだが、膨大なワープロのデータに対してそんな無駄な作業をやっていては、いつまでたっても終わらないので、ワープロデータの変換サービス業者をネットで検索して、自分でやらなくてもそんなにお金もかからずすぐできると教える。いずれにせよ、脱ワープロ化計画は、まだまだ前途多難のようである。

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実家でパソコン

 移動時や、ネット障害時のために、保険としてAirH"でネットにアクセスはできるようにしているのだが、実家に着いてから一応インターネットにつなぐ端子はないか聞いてみた。すると、実家でもようやく父の書斎ではインターネットに常時接続できるようになっており、家の改装時に将来ノートパソコンで使えるようにと居間の方にも配線は来ているとのこと。(両親は、その意味はよくわかっていないようだったが。) たしかにリビングの電話の横に、壁から出ている青いLANケーブルが束ねられている。さっそくiBookにつないでみるが、反応がない。もしやと思い、書斎の方を調べてみると、同じく青いLANケーブルが壁から出ているが、どこにもつながっていない(笑)。どうやら、ADSLモデムから父のパソコンにはつないであるが、将来必要な時は分岐しろということらしい。せっかくなので、帰省中だけ配線をつなぎ変えて、リビングからアクセスできるようにしてもらう。
 ふと思い立ち、前から気になっていたことの確認のため、Google Earthを立ち上げる。実は、自分が小学校2年の頃まで大阪の堺市に住んでおり、当時の住所からGoogle Map/Earthで住んでいた近所までは探していたのだが、なんせ子供の頃の記憶なので詳細が全くわからず機会があれば両親に聞いてみようと思っていたのである。父は、ネットで検索するぐらいは自分でもできるのだが、母は自分ではパソコン自体使わない人なので、物珍しそうに見物している。堺の家のあった周辺も随分様変わりしているようだが、大きな区画はそんなに変わっていないので、当時の様子を聞きながら、自分のかすかな記憶と照合。他に、当時通っていた幼稚園や小学校、病院等の場所も教えてもらう。たしかに、坂を上った所にある小学校に通ってたなあということを、ん十年ぶりに思いだす。

 その後、昭和一桁の父に、マウスを変えてからパソコンの調子が悪いので見てくれと頼まれる。最初、ボール式から光学式に変えたという話のようだったが、よくよく聞くと、昔のPCの丸い差し込み口のマウスをUSBマウスに変えたことが問題らしい。Windowsマシンはよくわからないが、一応実物を見てみると、USBマウスに変換プラグを付けて、旧式マウスの差し込み口に差してある。父の話では、普通に起動してもマウスにポインタが反応せず、一旦抜いて差し直すとようやくポインタは動くようになるが今度はPC自体がフリーズし、そこから再起動してようやく使えるようになるとのこと。そもそもなぜUSBマウスを変換して旧マウス端子に差しているのかが謎で、いくらなんでもUSB端子がないほど古いPCではないだろうと思い、調べてみると、2つあるUSB端子にプリンタとスキャナーが繋がれていた。スキャナーは常時繋がっている必要はなさそうだったのでそこにマウスを繋ぎ換えると、案の定何の問題もなくマウスは認識された。どうやら父は、マウスはマウスの端子に繋がないとならないと思い込んでいたようである。
 こんな簡単なことで感謝されたのはいいのだが、そういうちょっとしたことを相談するのに困る状況に置かれているというのはなんとも心が痛む。老夫婦で住んでいるのだが、母親や地元に住む姉は機械音痴だし、父親自身は、以前大病を患ってから滑舌が非常に悪くなってしまい、しゃべっている内容はちゃんとしていても、なかなか相手に伝わりにくくなっているのである。それでも、自分の専門分野であれば、双方のちょっとした努力で問題なく会話は成立するのだが、たとえ滑舌がよくてもパソコンの初心者とそうでない人との間の会話はスムーズにいかないところに、滑舌の壁があると、根気よく問題の本質を聞き出して解決に導くということができる人がいないのだろう。かといって、頻繁に実家に帰って相談に乗ってやるには、鹿児島は遠すぎる。

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禁リクライニング席を導入せよ

 あんなに狭い飛行機の座席で、後部座席に人がいるのに、なぜ平気で座席のリクライニング機構を使うのか、意味がわからない。私の場合、身長は約175cmで、そんなに小さくはないが、成人男子として格別大きい方でもない。それでも、飛行機の座席に座ると、足を開いていないと、最初からひざが前の座席の背にぶつかりそうになる。この状態で、シートを倒されるというのは、ほとんど直接的物理攻撃である。足は痛いし、本もまともに読めない。ノートパソコンの使用など全く不可能である。
 私としては、他人にされてイヤなことを自分がするのはイヤなので、後ろの席にだれかいるときは、その人の体格にかかわらず、絶対に座席は倒さないようにしている。たとえ前の席の人は座席を倒していてもである。そう、報復の連鎖はだれかが勇気をもって断たねばならないのだ。
 それにしても、前の席の客のせいで狭い思いをして搭乗している客と、無神経に席を倒している客が同じ料金というのは納得が行かない。どうしても、リクライニングを使いたいと言うのであれば、喫煙席と禁煙席と同様、リクライニング席と禁リクライニング席に分けるべきであろう。言うまでもないが、ほとんどを禁リクライニング席として、隅っこの方に一部リクライニング席を設けるのである。禁リクライニング席でも、座席を傾ける機構はあってもよい。ただし、それは、座席を傾けた際に後ろの座席のスペースを侵略するのではなく、自分のスペースが狭くなる形で傾くものでなくてはならない。
 あとは、金で解決するという手もある。どうしても席を倒したい人は、後ろの席の人に1万円支払うのである。もちろん、それでもいやなら後ろの席の人は拒否してもいいし、金額を釣り上げてもいい。交渉が不調に終わり、それでもどうしても席を倒したいなら、今度は席を倒せるような席と替わってもらうように交渉することになる。もちろんそれもタダではない。そこまでして席を倒したい奴だけが倒せばいいのである。まあ、1万円くれるっていうなら、1時間半のフライトの間ぐらい窮屈でも我慢してやってもよいかもしれない。
 金で解決は冗談にしても、所詮、国内線/エコノミークラスで満席の便にリクライニングシートなんてなじまないのである。
 ちなみに、今回は、往復とも前の席の方は座席を倒さないでくれたので大変助かった。でも、周りを見渡すと、かなりの人が席を倒しており、その中で後ろの座席の人の許可をとって席を倒したという姿は1回も見かけなかった。イヤだね、まったく。

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搭乗手続き

 昔に比べ羽田へのアクセスもよくなり、空港での手続きも、手荷物検査こそ厳重になったものの、搭乗手続き等は自動化されているので、今の住所からだと離陸1時間半前に家を出れば問題なく搭乗できるようになった。もちろん、どうしても窓際の席に座りたいというような人は、早く行く必要があるが、私の場合は少しでもスペースに余裕をもって座りたくて、むしろ、ひじ掛けからひじをはみ出させることのできる通路側を選ぶため、よほど混む時でない限り問題ない。(完全な満席時には、3人並びの真ん中に座らされる可能性があるので、注意が必要だが。)
 今回航空券を購入した際には、旅行代理店から航空券は送られてこずに、届いたのは2次元バーコードのついた航空券引換証だけである。この2次元バーコードを自動チェックイン機にかざせば、それで発券できるということで、予約電話時には何を言われているのかさっぱりわからなかった。よく考えてみれば、予約番号を告げて窓口で発券するという手続きを自動化しただけなのだが、バーコードシステムというのはどうもうさんくさい印象がある。
 帰省する時は、大抵預ける荷物1個に、機内持ち込み1個である。搭乗時の検査では、パソコンをバッグから出さないといけないので、並んでいる間に準備するのだが、以前ベルトのバックルが金属探知機にひっかかるかもしれないと言われて外させられたので、最近はバックルの大きいベルトは先に外してカバンに突っ込んでおくようにしている。携帯や鍵や財布等も、最初からポケットには入れておかない。到着時の手荷物受け取り場では、ベルトコンベアが動き出す前に、その重なり具合をチェックする。その向きによって、動く方向がわかり、どちらから荷物が出てくるかがわかるのである。当然、流れの最上流のあたりで待ちかまえて、出てきたらすぐ荷物を取って退散する。お察しの通り、私は(1人で行動する時は)無駄に待たされることがなによりも嫌いなのである。

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SUICAとパスネット

 東京で電車に乗るときは、SUICAをパスネットカードを持っていれば大体用が足りるが、改札を出ずにJRから私鉄に乗り換える駅では、ルールが統一されておらず、わけがわからない。特に、羽田に行く際の品川駅での京急への乗り換えは何度行っても意味不明である。今回の帰省の時も、とりあえず乗り換え口に行って周りを見渡しても、何をすればいいかわからない。どうやら2枚のカードを持っていてもそのまま改札を通ることはできないことだけは確からしいので、なんだかよくわからないまま精算機にSUICAを入れたら、一応行き先を選ぶ画面が出て、空港までの切符は買えた。ただ、なぜ京急に乗るのにSUICAで精算しているのか、そこのところが非常にわかりにくい。言うまでもなく、羽田からの帰りに京急に乗る際に使用するのはパスネットカードである。なぜこんな非対称なことになってしまっているのだろう。ともかく、せめてもう少しわけのわかる案内を出して欲しいものだ。

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○○の法則

 「大事な予定がある時に限って、大事な仕事が重なる。いろいろ重なってパニクってる時に限って、さらに厄介事が重なる。」
 フリーランスで仕事をしている友人とかには、大抵共感してもらえる。それは受け止め方の問題だとか言われそうだが、実際問題、ここ数年、まともなコンディションで友人と会ったり、帰省したりしたことはない気がする。いわゆる「ツモの流れが悪い」状態なのだろうか。そして今回も。(プラスアルファの厄介事は、深いところで進行中なので、ここには現れないが...)

某日 帰省の日程を28〜30に決め航空券予約。
某日 旧友と25日に数年ぶりに会うことを約束。
某日 事務所よりコンペ参加依頼。第1締切(作詞向けラフ)24日、作詞サイド締切26日午前、第2締切(仮歌入り最終)28日。
8/24 曲がなかなかまとまらず、全くアレンジの出来ていない状態で本当にラフなデモを提出。前夜から寝てなかったが、1週間ほどブランクがあり、翌日以降もまた開きそうだったので、無理やりジムに走りに行く。
8/25 仮歌歌唱依頼。26日夕方の歌入れ日程決定。夜は旧友と飲みに行き、怪しい体調のまま酔っぱらい。
8/26 アルコールが抜けるまで寝つかれず、仮眠だけとって、来客のための掃除をなんとか間に合わせたところで仮歌入れの時間。メールで届いていた詞で、ラフなデモのまま歌録りさせてもらい、残りの時間のアレンジに賭ける。
8/27 蓄積した疲労で、気がついたら午後。慌ててアレンジを始めるが、苦戦。

そして。

8/28
9:00 搭乗機出発の4時間半前。まだ当日締切曲のアレンジ&打ち込み作業の真っ最中。当然前日から寝ていない。

11:00 楽曲締切。1分の余裕もなくギリギリでmp3をメールで送信。搭乗機出発の2時間半前だが、この時点で帰省の準備は何もしていない。乗換案内をチェックし、3秒考えた後、シャワーに飛び込む。徹夜明けのどろどろの身体&べとべとの髪で飛行機に乗るのはさすがにイヤだ。

11:50 自宅を出発。搭乗機出発の1時間40分前。とりあえず間に合いそう。ただ、問題は夜食以来何も食べてないこと。さすがに空腹過ぎて機内で気分が悪くなるのもはた迷惑なので、どこかで軽く食べないとと思いつつ、ともかくまずは1歩でも搭乗機に近づかないと安心できないので、結局そのまま羽田へ。

13:00 羽田到着。搭乗口の軽食スタンドでようやく食事にありつく。カレーを頼むとアホみたいにライス山盛りにされ、普段は絶対しないのだが、ライスを半分残す。徹夜&空腹時にいきなり大量に食べて機内でトイレに駆け込むのはシャレにならない。

13:30 定刻に、鹿児島に向けて離陸。前の座席の背に液晶ディスプレイがついた機種に乗るのは初めてだが、アニメとゴルフしかやっていないので、例によってイヤホンの袋を開けることもなく、読書モードに。とはいえ、さすがに眠くてほとんど進まず、かといって、慢性不眠症の人間が飛行機の中で熟睡できるわけもなく、本を開いてボーっとしたまま時間を浪費。飛行機は無事定刻前に鹿児島空港着。

こんな感じで、今回の帰省も出だしから、絶不調(笑)。

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格安航空券の謎

 先週8/28から8/30にかけて、鹿児島の実家に帰省していた。チケットは当然いわゆる格安航空券であり、正規の往復航空券の1/3以下の値段である。この格安航空券という代物のからくりが未だによくわからない。何が謎かというと、格安航空券には必ずホテルの宿泊1泊がついており、「宿泊はいらないからさらに安く」というオプションが存在しないのである。要するに抱き合わせ販売になっているわけで、おそらくは航空会社とホテル業界のタイアップによってこの格安航空券という商品が成り立っているということなのだろうが、客観的にみると、ホテル業界をからめずに、旅行代理店と航空会社だけで、今の格安航空券の値段からホテル代を差し引いたよりも高い価格設定で新たな商品を企画した方が、帰省等でホテルを必要としない顧客にとっても、旅行代理店、航空会社双方にとっても、明らかにプラスに作用する筈である。それをせずに、明らかに宿泊する気のない客に無理やりホテルを予約させ、ホテルの稼働率を水増しするというのは、どう考えてもホテル業界への体のいい利益供与だとしか思えない。非合法の臭いがプンプンする。少なくとも、自由競争の原理から逸脱したからくりが存在することだけは確かだろう。
 顧客側からすると、たとえ他のチケットより安いとはいえ、最初から泊まる気のないホテル代を払わされていると思うと、はらわたが煮えくり返る思いである。この架空の宿泊者の存在のために、満室でホテルが取れないというような客も発生するのだろうか。それとも、最初から歩留まりを見積もって、平気でダブルブッキングしているのだろうか。あるいはまた、最初から満室になることなどありえないような不人気ホテルの救済のための仕掛けなので、満室になる心配をすること自体ナンセンスなのだろうか。
 ちなみに、今回予約時に、宿泊する意志はないことを告げると、オプション料金不要の低いランクの鹿児島のホテルの割当分がいっぱいだということで、航空券は鹿児島行きなのに、熊本のホテルを予約させられた。ここまであからさまな架空予約をされてしまうと、もはや笑うしかない。さらに虫のいいことに、「宿泊しない場合は当日キャンセルの電話を入れて下さい」だと。言うまでもないことだが、キャンセルの電話を入れることにより、ホテル側は大手を振って部屋の確保を解除できるのである。そして、こちらは、まんまと架空宿泊による利益供与の共犯者にさせられるのである。

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