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中原めいこ

 例によって生活時間がずれているので、晩飯か朝飯かわからないものを食いにさっき(午前5時ごろ)蕎麦屋に行ったら、BGMの有線が40代狙い撃ち攻撃。マイケルジャクソン「BEAT IT」、中島みゆき「あばよ」、ヴァン・ヘイレン「JUMP」、とかいう謎のラインナップの中、唐突になつかしさの琴線を鷲掴みにする歌声が...。中原めいこの、それもいわゆるヒット曲ではなく、繰り返し聴いたアルバムの1曲目に入ってた「Dance in the memories」という曲。

 この人は、世の中では「君たちキーウィ・パパイヤ・マンゴーだね」を歌ってた人としか認識されてないかもしれないが、クオリティの高いポップスの名盤を多数残した人である。特に、バラードアルバム「Happy birthday, Love for you」は、CDがすり減るぐらい聴き倒したものだ。その次によく聴いたのが「鏡の中のアクトレス」。そのオープニングナンバーがいきなりかかったので、当時音楽と言えば基本的にアルバム単位で聴いていた自分としては「あのころの時間が切り取られて突然始まった」ような感覚に陥り、ひどく切ない気持ちになったのである。まして、中原めいこさんは、あのころ好きだった女性歌手たちの中でもかなり潔く一線から退いてしまった人なので、自分の中では「現在とは不連続な二度と戻れないあの日」の住人であり、懐かしさの中でもさみしさ成分含有量の多い懐かしさをまとっているのだ。

 ちなみに、彼女の曲で一番好きなのは、上に挙げた2枚のアルバムに共通して入ってる「Infinite Love」。ゴージャスなアレンジと切ない歌詞がたまりません。

 それにしても、なぜまたあんな、あまりメジャーではない曲がかかったのだろう。実は今までアルバムの中の曲としか認識していなかったのだが、調べてみると「Dance in the memories」は「きまぐれオレンジロード」というアニメのエンディングで使われてたらしい。アルバムのタイトルナンバー「鏡の中のアクトレス」がそのアニメのオープニング曲で、この2曲カップリングのシングルが出ていたようだ。発売が88年1月...ちょうど20年前! あの当時は、アニメを含めあまりテレビを見ない生活をしていたから、そのアニメも全然覚えていないのだけど、多分私とはまた全然違う懐かしさでこの曲を聴く人もいるのだろうな。

 自分も20年後に思い出してもらえるような曲を書きたいという想いは...やっぱり捨てられないなあ。

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叙述トリック

 今、京極夏彦の「陰摩羅鬼の瑕」を読んでいるのだが、どうやら仕掛けられている叙述トリックの中身が、かなり早い段階で分かってしまったようである。たまたま最近読んだ森博嗣「再度封印」の中のある部分がヒントとなってしまったのだが、仕掛けが分かった時点で叙述トリックは叙述トリックでなくなるので、少々くやしい。初読なのに、最後の謎解きの後読み直しているような感じ。(まあ、そんなに厳密に隠蔽しようとしている叙述トリックでもないかもしれないが。)

 それにしても、やるべきことがいっぱいあるはずなのに京極作品なんかを読んでるってのは、これはもう完全に現実逃避モードである。仕事関係で、ある方面ではつまらないトラブルで疲れ果て、ある方面では行き詰まり、ある方面ではモチベーションが復活せず、その他もろもろとっちらかった状況を今ちゃんと乗り越えないと年明けには全てが破綻するのが目に見えてるのに、1200頁もある本を読んで時間もエネルギーも浪費するなんてのは、もってのほかなのだが...。
 ちなみに、厳密に言うと、いくつかの方面に関しては、やる気だけは十二分にあるのだが、生憎それらはいずれも、頭の中から別の厄介事を追い出してまとまった時間を確保しない限り一歩も進めない類いの創作活動なので、今は着手できない。何もかも放り出してそちらに専念できるなら幸せなのだが、社会と関係と保って今後も生き永らえるためにはそうもいかないようなのである。

 しょうがない、そろそろ栞を挟んで一旦本を閉じることにするか。

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メディアの日本語力

 ネットを流れるニュースの表題にひどいものを見つけた。

 「浦和イレブン躍動…アジアのライバルに返り討ち」

 ご存知の通り(かどうかはわからないけれど)、クラブW杯で、浦和レッズがイランのセパハンに快勝して、ACミランへの挑戦権を獲得した、その記事のタイトルである。
 「浦和イレブン躍動」それはいい。
 「アジアのライバルに返り討ち」・・・はぁ? 浦和は勝ったんじゃないの?
 記事の中身を読む。最後のあたりに、こんな記述が。「アジアのライバルを返り討ちにした王者の自信に揺らぎはなかった。」つまり、この記者は、「浦和がセパハンを返り討ちにした」と言いたいらしいのである。
 ここで、大きな間違いが2つある。まず、「返り討ち」という言葉の意味である。この言葉の用法は概ね2通りあるだろう。1つは、「AがBに襲いかかったが、Bの返り討ちにあった」という場合。これは、そもそもAとBが正対して合意の上戦うような場面で使われるものではないだろう。もう1つは、「前回はAがBに勝ったが、今回はAはBの返り討ちにあった」という場合。しかし、そもそも浦和は前回もセパハンに勝っているのである。いずれにせよ、「返り討ち」などという単語が使用できる状況ではない。(おそらく記者の脳内には、「浦和=アジア王者、セパハン=挑戦者」「セパハンがアジア王者に挑んでいる」という構図があったのだろうが、記事の中からはそのような文脈は読み取れない。)
 もう1つの間違いは、いわゆる「てにをは」の使い方である。「返り討ち」という言葉の不適切さを度外視しても、表題にするのであれば「アジアのライバルを返り討ち」であって、「アジアのライバルに返り討ち」ではない。後者の場合は、どう読んでも「アジアのライバルに返り討ちにあった」という意味にしか取れない。これが、例えば「***に反撃」であれば、「***に反撃した」「***に反撃された」という両方の表現が存在し、省略されたものをわざわざ受動態だと解釈するのは不自然なので、「反撃した」の方の意味に解釈されるだろうが、今回の場合、そもそも「***に返り討ちする」とか「***に返り討ちを与える」等という日本語は存在しないのだ。
 驚くべきことに、この記事は、ネットニュースとはいえ、ネット専門に配信している怪しげな会社ではなく、「毎日新聞」の記事であり、しかも署名記事である。

 まあ、今回の場合は、浦和が勝ったことは周知の事実なので、実際の影響としては、この記者が恥をかくことと、破綻した日本語を容認する風潮をまた助長したことぐらいだが、誤解を招くネットニュースの表題というものは、時として致命的な風評被害をもたらす。よくあるのは、例えば単語の羅列のような表題のせいで、どれが主語でどれが目的語かが不明というようなもので、その結果被害者なのにまるで加害者のように読めてしまうひどい表題が毎日のように配信されている。
 さらに問題なのは、ネットニュースの場合、記事のオリジナルの表題は記者が責任を持って書くかもしれないが、それがヘッドラインとして流される場合の、文字数制限に収まるように改変された表題の責任の所在が不明であるという点である。
 そもそも、「記事」というもの自体、たとえ事実に基づいたものであっても、記述者の主観によって要約されたものに過ぎないのであり、それが表題として要約され、さらにヘッドラインとして無理やり圧縮されたりすれば、それはもう真実とはまったくかけ離れたものになってしまう。そのヘッドラインだけが大量に複製されて人目に触れる。そのうちのほとんどの者は記事の(よほど関心のあるもの以外)記事の中身なんか読まない。関心はないにもかかわらず、間違った印象だけはしっかり刷り込まれていくのである。そして、そのことについてだれも責任は取らない。
 このように、ネットニュース配信の普及により、報道というものの持っていた僅かな信頼性のようなものも揺らいでいる状況において、最後の砦となるのは、記事を書く者の持つ、真実を伝えようとする使命感や良心であるが、その彼らが、真実を伝えるに足る日本語力を持っていないとしたら、もはやどこにも救いはない。

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今期Jリーグ終了(入れ替え戦を除く)。

 今年は、初めて応援するチームを決めてJリーグを見たのですが、なんとも大変なシーズンでした。ガンバは前半首位をひた走っていたのだけど、代表組の疲れもあって後半失速。しかし、そこで抜かれたのがもっと大変な試合の多かった浦和なので、まあ言い訳にはできないでしょう。でもって、土曜の最終節のまさかの鹿島の逆転優勝。鹿島の最後の9連勝はもちろん賞讃に値するのだけど、浦和の失速は、チームとしての過密日程のみならず、代表組のとんでもない日程を考えれば、当然といえば当然。4冠を目指すつもりで、ほんの数日前までは2冠はほぼ確定で3冠の可能性もあったのに、天皇杯で愛媛に負け、そして横浜FCの意地に負け、サポーターが熱過ぎるだけになんだか痛々しい感じ。クラブW杯では、日本代表として応援しているので、なんとか立て直してほしいものです。(なぜか大会日程の都合で、セパハンとの3度目の対戦で勝たないとミランと戦えないという理不尽なトーナメント表になってますが...)
 ...っていうか、浦和の心配をしている場合ではなく、ガンバこそまずは天皇杯に向けて、早くここしばらくの悪いムードを払拭してほしいものです。終了間際に致命的な失点というシーンを終盤何度見せられたことか。それに加えて、例のマグノの騒動。あれは、きっと代理人にハメられたのだと思いますが...まあそうでなくても、「傭兵」というイメージのマグノとしては、既に来期構想外のような報道がされていた上に、まさか浦和がここまで勝てなくなるとはだれも予想できなかったあの時点では、客観的に見てJ1逆転優勝は絶望的だったので、ナビスコカップを獲った時点で完全にモチベーションは切れていたのでしょう。もしかしたら、ガンバ以外のJのチームに行きたくないという想いもあったかもしれません。今までの活躍に感謝してファンが送り出すことができなくなったのが淋しい限りですね。それはともかく、2008年の元旦は、なんとしても1年前の雪辱を果たしてガンバの優勝でスタートしてもらわねば。遠藤の苦しみ抜いた2006年シーズンのマイナスは、ナビスコカップぐらいではまだまだプラスには転じていません。

 もう一つ、今まであえて触れていなかった、オシムさんのこと。脳の血管の病気の大変さは、身内にも経験があるので、第一報を聞いた時点で、代表監督としてのオシムさんの姿を見ることは正直あきらめました。(後遺症も少なく回復したとしても、代表監督はあまりにも激務です。) でも、2010年に完成する予定だった彼の作りかけの作品を、これからどうするのだろう。側近たちに、彼の青写真はどこまで伝わっていたのだろう。もし出来ることなら、後任と目される岡田さんには、オシム体制時のスタッフから、オシムさんが何をやろうとしていたかを極力吸い上げて、彼の思い描いていた道筋を再構築した上で、ここまで積み上げてきたものを壊さずに舵をとってほしいというのは、酷でしょうか。

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