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シンシナティ交響楽団 in NHKホール

 音楽鑑賞週間の最後は、フルオーケストラと相成りました。昨夜(26日)は、シンシナティ交響楽団のアメリカンな演目でのコンサート。これは、先週末に突然友人から「行けなくなったからチケットを2枚譲る」と言われ、大急ぎで別の友人を誘って実現したもの。今年1月にバレエを観に行ったというのはありますが、純粋にオケを聴くというのは、以前鹿児島で地元演奏家を集めた里帰りコンサートを聴いたぐらいしか記憶になく、世界的に活動しているオケを生で聴くのはおそらく初めてです。(幼少期にあったかどうかは定かではありません。) そういうわけで、他のオケと比較するような意味での鑑賞眼は全くないのですが、まずはオーケストラというもの自体を非常に興味深く鑑賞させて頂きました。いきなりS席で(しかもタダで)聴くことができたというのも、実にラッキーです。

NHK音楽祭2009「オーケストラが奏でる故郷(ふるさと)の名曲」
NHKホール

10/26(月)シンシナティ交響楽団/指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

曲目:
コープランド/庶民のファンファーレ
バーバー/弦楽のためのアダージョ
バーンスタイン/「ウエストサイド物語」〜シンフォニック・ダンス
ドボルザーク/交響曲 第9番「新世界から」

アンコール:バーンスタイン/キャンディード序曲

 プレトークで、音楽評論家の方が「アメリカのオケというと、歴史の浅いものという先入観があるかもしれないが、このオケはヨーロッパの有名なオケと比べても古い歴史があって云々」というような話をしていましたが、若い国であるということがアメリカという国自体を特徴づける属性であるのですから、そもそもヨーロッパのオケと全く同じ価値観を求める必要もないのではないかと思います。シンシナティという街はドイツ系移民の街だそうで、ヤルヴィは旧ソ連時代のエストニア出身、今回の演目のドボルザークはチェコ出身で、この曲もアメリカで書いたものではありますが母国の土着的な音楽性を色濃く残しており、そういう多国籍的状況こそ、アメリカンなプログラムにはふさわしい気がします。
 1曲目は管のお披露目、2曲目は弦のお披露目。素人の認識では、オケというと弦楽器中心で把握しているので、打楽器などの特殊なパートを除き一人一人の音は全体に埋没しているのかなと思ってしまいがちですが、こと管楽器に関しては、1本1本の音もよく響きますし、生で実際に聴くと、一人一人の力量が演奏全体のクオリティに直結しているのがよくわかります。1曲目(一般には「庶民の〜」ではなく「市民の〜」と呼ばれているようです)は、短いまさにファンファーレという曲ながら、自慢の管楽器隊の技を堪能できました。一方、弦楽器は、ボウイングや表情の付け方など、全員の統制のとれた演奏が肝なので、弱音での演奏など繊細なところで真価が問われるのだと思いますが、今回の2曲目では大編成ストリングスでのピアニッシモという贅沢きわまりないものが聴けました。ピアニッシモとメゾピアノの範囲内での繊細な起伏が、一切の濁りなく見事に表現されていました。ただ、私個人として非常に残念だったのは、全体の音量が小さくなればなるほど、ここのところ慢性化している耳鳴りの音が相対的に大きくなり、一人だけSN比の著しく悪い音空間に閉じ込められていたこと。こんな場面でまで日頃のストレスが影を落としているのは悲しい...。
 3曲目は、ジャズやポップスの要素も盛り込まれたまさにアメリカンなプログラム。こういう曲で、オケに詳しくない人間からすると非常に不思議なのが、リズムの合わせ方です。指揮者のいない小人数のバンドの場合は、ドラムなどを軸に演者同士で耳でビートを合わせるのですが、オケの場合は当然指揮者がリズムをコントロールしているはずです。でも、基本的に指揮者は出す音よりも早め早めに指示を出していくわけで、実際に客席から見ていると、指揮者の動きと出てくる音との間に大きなズレがあります。もちろん、音が届くのにかかる時間によるタイムラグはありますが、そんなにステージから遠い席でもなかったので、演奏者の動きと音のズレはあまりなく、指揮者の動きと演者の動きには半拍ぐらいのズレがあるように見えました。実際には、演者も自律的にリズムキープしていて、要所要所を指揮者が締めるという形だから問題ないのかもしれませんが、この指揮者の動きを注視しながら演奏していると、聴き手に伝えるべき「ノリ」と同じものを演者が感じながら演奏することが本当にできるのだろうかという疑問が沸いてきます。あと、普段ドラム・ベースを軸としたポップスを中心に聴いている人間からすると、もっとオケ全体が一体となってスイングするようなものを想定していて、少しイメージしたものとは違う印象もあったのですが、もしかしたら聴いている自分も指揮者の動きに惑わされて出てくる音に集中できずにいただけであって、目を閉じて音だけに集中していたら、もっと素晴らしい(ノリの良い)世界が展開していたのかもしれません。そういう意味では、「聴き手は指揮者を見るべきなのか」という疑問も沸きます。せっかく生で観ているので、耳と目からできるだけ多くの情報を吸収したいというのはありますが、それによって指揮者の意図する音楽性が多少なりとも損なわれているのであれば考え物ですね。
 休憩後、後半は「新世界から(より?)」。今でも学校の下校時刻にはこの第2楽章のメロディーを流しているのでしょうか。小学校時代に夕日の印象が刷り込まれたせいもあるのでしょうが、この曲はどうしても広大な大地に沈みゆく夕日の風景画のイメージを背景にして聴いてしまいます。実は正統的な(?)クラシックとはずいぶん雰囲気の違う音使いもちりばめられており、例えば第3楽章の冒頭で、ティンパニーをからめたキメの直後に、E→B→G→Dという順番でストリングスが音を積み重ねるところがあるのですが、ポップスの言い方ではEm7のコードで、7度の音をトップノートに持ってきて強く押し出すなんてのは、なかなか他では見かけない大胆な音使いです。その後も、ペンタトニックのフレーズが効果的に使われていたりと、普段クラシックを聞き慣れていない者にとってはむしろ親しみやすさのある作品です。
 アンコールは、華やかなミュージカルの序曲で締め。この日のコンサートはNHKFMで生放送されていたらしく、時間枠のため若干曲間の演出などには制約があったようで、4曲目が終わったらすぐアンコール用の追加メンバーが入場したりというのは、ご愛敬。アンコール時のくどいほどの拍手や繰り返される挨拶というものは、正直あまりなじめないものを感じるのですが、それは、自分が拍手がすぐ鳴り止むような寒いステージというものに出会っていない幸せ者なのか、実は「日本の観客はどんな演奏でも最後だけはしつこく拍手をする」と演者にも煙たがられているのか、そこはよくわかりません。それはそれとして、この日のコンサートは私にとっては非常に新鮮な音楽体験となりました。(久々に、自分の曲でもストリングスにこだわったアレンジをしたくなりました。)

 コンサート後は、この日の連れのスペイン通のピアニストの友人に、スペイン風居酒屋(バル・Bar)に連れて行ってもらいました。すると、運良くその日はフラメンコの無料ライブが実施されていて、入店直後にスタートというタイミングの良さで、贅沢な音楽のハシゴとなりました。

 実は、日曜にも会社時代の先輩がやっているアマチュアのサックスサークル(老人ホームの慰問などの活動をしているようです)の発表会に呼ばれ、青梅まで小旅行してきたので(これは、発表会そのものよりも、その先輩と久々に話ができて、9年前辞めた会社で一緒に仕事をしていた仲間の近況などを聞きつつ、自分の人生のこれまでを振り返り今後を見据える上で、自分にとっては重要だったのですが)、それと、最後のフラメンコを含めると、8日間で5本の音楽イベント。9日前まではそのうち1つしか予定されていなかったわけで、すさまじい確変状態です。おかげで、久々にいろいろなポジティブな刺激を吸収できた上、途絶えかけていた友人たちとの交流の糸も少しずつ修復され、乾き果てた大地に雨が降ったようにもう一度前向きに歩き出すチャンスをもらった感じです。(もちろん、諸々の取り巻く環境の厳しさは変わらないのだけど。) 今日は、1週間分の疲れがドッと出てあまり使い物になりませんでしたが、明日からまたがんばれそうです。

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SALT & SUGAR in Orchard Hall

 今日(10/22)は、月曜とは別口で渋谷Bunkamura Orchard HallのSALT & SUGARのコンサートに行ってきました。本当はこっちが先に予定されていたのですが、BASIAに急に行くことになったので、はからずもライブ鑑賞ウイークとなってしまいました。ただでさえ楽しいイベントの少ない生活を送っているのに、こんなハイグレードなライブに連続して行くなんて、もったいない!(苦笑)

 SALT & SUGARは、知る人ぞ知る、塩谷哲(Pf)と佐藤竹善(Vo)のデュオユニット。スタンダードナンバーからオリジナル曲まで、ピアノ一本と歌だけで自由にやってしまおうというシンプルなユニットなのですが、この2人の組合せというのがまさに絶妙で、私の中ではこれは奇跡のデュオだと思っております。クラシックからジャズまで幅広い音楽的素養と技術、アレンジ能力とアドリブ能力を持つ塩谷哲の生み出す音世界の高度な音楽性に、津軽で演歌を聴いて育った日本の土着的ルーツ(?)も持ちながら、洋楽のロック・ポップスを幅広く歌いこなす歌唱力は折り紙付きで、スタジオでのコーラスワークも数多くこなす安定した器用さもあり、(MCも含めた)エンターティナーとしての才能にもあふれた佐藤竹善が融合することで、どんな素材でもこの2人にしかできないクオリティーの高いエンターテインメントに昇華させてみせてくれます。13年前に最初に発売されたアルバム「CONCERTS」はライブ盤(一部スタジオでストリングスを重ねたものやスタジオ収録曲もあり)で、たまたまFMで流れていたその中の「Wait For The Magic」という曲に感動して買ったこのアルバムは、今でも愛聴盤です。その後も単発のライブなどの活動は行っていたようですが、今年「CONCERTS」以来のアルバムを2枚(「Interactive」はスタジオ盤、「CONCERTS II」はライブ盤でこれまでのコンサートからのセレクション)発売、同時に結成時以来のツアーも行っており、今日はそのツアーのうちの東京公演でした。

 そのコンサートですが、2時間半近く(←よく考えたら3時間近くでした)の長丁場を一瞬たりとも飽きさせない、密度の濃い内容でした。(MCも長かったですが(笑)もちろんMCも飽きさせませんでした(^_^;)
 途中、よりクラシック方向の音楽世界のコーナーということで、ラフマニノフのピアノ協奏曲のメロディーを歌にした曲(だれのなんという曲だったかは失念「All By Myself」Eric Carmen)の前に塩谷さんのピアノソロがあったのですが、聴き慣れているジャズの手法による即興演奏ではなく、あくまでもクラシックのピアノ曲という形での即興演奏というのが非常に興味深かったです。うがった見方をするとクラシックのピアノ曲という広いカテゴリー全体のパロディーとも思えるようなそれっぽい「様式」もちりばめつつ、しっかり情操を展開していくのはさすがです。途中、ついついジャズ風のアウトしていくフレーズが飛び出してたのはご愛敬。
 今日唯一のゲストは、服部克久先生の曲でハーモニカ奏者として登場した西脇辰弥さん。マルチプレイヤーでプロデューサーでGUEENのリーダーとしても知られていますが、私は吉田美奈子さんがらみのステージで何度かお見かけしてました。竹善さんも絶賛してた通り、服部先生の未だ衰えぬVIVIDな楽曲も素晴らしいです。
 今回のセットのハイライトは、やっぱりコリアの「SPAIN」でしょうか。あの有名なキメの部分は、最初はピアノとボーカルで普通にシンクロさせていたと思うのですが、後半で出現するところでは、ボーカルがそのフレーズを歌っている間ピアノはコードワークで別の世界に展開していき、最後にそれがメロとシンクロして解決するという感じのアレンジになっていて、それが異様にカッコイイ。
 アンコールの最後は、美空ひばりの名曲「川の流れのように」をシンプルなアレンジで。こうして聴くと、今回のセットにもあった「Wonderful World」(Chris Eaton)のような洋楽のバラードとも相通じるようにも聞こえます。シンプルなメロディーは歌い手をそのまま投影するということでしょうか。

 ピアノと歌という組合せの持つ無限の可能性の拡がりをどこまでも感じさせてくれる、素晴らしいステージでした。おなかいっぱい。

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BASIA in Blue Note TOKYO

 昨日(10/19)BASIAの東京公演最終日の最終セット(21:30スタート)に行ってきました。前日の日曜日に突然友人に誘われて、それから席を確保したのですが、無事指定席(アリーナソファシート)が取れました。もちろん公演によって違うのでしょうが、平日の回ならば急に思い立っても行けるのは、大人のライブハウスでの公演の魅力です。
 最初登場した時、吉田美奈子ばりの恰幅のいいお姿に仰天したのですが、音楽の楽しさがぎゅっと詰まったライブでした。
 編成は、キーボード1人、アコースティクギター(曲によってはベース)1人、トランペット(と、手が空いてる時はシェイカーなどの軽いパーカッション)1人の3人の楽器陣と、コーラスが2人。ドラムもコンガもないので、曲によっては少しビートが物足りないところもありましたが、リラックスして聴くぶんにはちょうどいい感じで、それにイタリア人のギタリストが非常にうまく、音使いもビートも雑なところが一切ない安定したボサノバサウンドを一人で生み出していました。
 そして、なんといってもBASIAといえば計算されたコーラスワーク。3人の歌姫によるハーモニーは圧巻でした。BASIA本人は、高音域が少し出にくくなっているようで、ソロの部分では、上がりきらなかったり、声量のスムーズなコントロールができなかったりというところも少しあって残念でしたが(女性の声域は年齢とともに下の方にシフトするので、昔からの楽曲をやる際はある程度仕方のないことです)、ハモリの部分では3人の息はぴったりで、特にモーリシャス出身のクラリス姉妹のパフォーマンスは完璧でした。ステージ中盤ではコーラスの2人がそれぞれリードボーカルをまかされる曲が1曲ずつあり、BASIAの楽曲の良さを完璧に伝えるという意味では、この編成で1ステージ聴いてみたいと思わせるような、これもすばらしい出来でした。
 あと、個人的には、長年BASIAと組んでいるらしいキーボードのダニー・ホワイトの、何も難しいことはやっていないけれどもツボを押さえた演奏も印象的でした。
 15年ぶりの新譜からの曲だけではなく、「Drunk On Love」「Copernicus」といった往年の名曲も、そのままの形でやってくれて、とてもHappyな夜となりました。時折クオリティの高いライブに誘ってくれるこの友人にも感謝。

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ガンバ3位死守!

 久々に、ため込んでたサッカーの話題を。

 まず、Jリーグがとんでもないことになっていますね。鹿島がぶっちぎりの首位で今年は波乱はないと思われていたのがまさかの大失速、前節も破れ、代表戦による中断前に行われた残り16分の川崎との再開試合も追いつけなかった時点でついに得失点差で清水にかわされ、首位清水と2位鹿島が勝ち点50、3位ガンバと4位川崎が勝ち点49。優勝どころかACL争いも今年は無縁に思われていたガンバも、いつのまにか首位と勝ち点差1まで接近しました。ガンバ好調の一番の立役者は、なんといっても昨シーズン末から序盤にかけて故障で苦しんだ二川が絶好調なこと。
 それで今節。ガンバは、その二川をはじめ主力数選手がケガで欠場し、先頭グループを追走するこちらも好調広島との対戦で、代表明けかつ病み上がりの遠藤を中心に粘って2点差を追いついて勝ち点1。ここでの勝ち点ロスは痛かったのですが、さえない鹿島がスコアレスドローでつきあってくれて、そして今日は清水が降格リーチの大分の意地に食われてまさかの敗戦。4チームの中で唯一勝ち点3を挙げた川崎が首位にたち、勝ち点差2のガンバは得失点差で清水をかわして3位をキープ。5位から8位の4チームが首位との勝ち点差6で並ぶ大混戦。
 首位川崎の昨日の大宮との試合は、PKを2本外し、相手に2本決められ、それでも3−2で勝ったという大変な試合だったようですが、ジュニーニョとテセがPKを外してくれたのは、この混戦の中では非常に大きな意味があります。今節の時点で川崎とガンバは勝ち点差は2ですが、得失点差では並んでいます。つまり、残り5試合のうち4試合、両チームが全く同じスコアの試合をやったとしても、あと1試合で川崎が引き分けてガンバが最小得点差で勝てば、ガンバは川崎の上に行けることになるのです。もちろん、5試合もあれば、まだまだ勝ち点も得失点も動きますし、昨日の試合でももし2本のPKを外していなければ、テセとジュニーニョのスーパーな3ゴールは生まれなかったかもしれないので、あくまでも机上の話ですが、それでもこれからは1点1点が非常に重い試合が続きます。

 それにしても、白熱するペナントレース以外にもいろんなことが起こるJリーグ。まず気になるのは、例の鹿島と川崎の豪雨による中断の件。
 中断時点から試合再開という判断は結果的には公平に見えますが、スポーツというのはルールに則って行われるべきものだという前提から考えると、大いに疑問が残る経緯です。報道されているように、何らかの理由で中断されてその日のうちに再開できなかった試合については、規定上は「原則として」無効となり、日を改めて0分からの再試合を実施するということになっているようです。したがって、今回の再開試合の判断を妥当であるとするならば、「原則」から外れた裁定をすべき明らかな例外的な事情が存在している必要があります。もしそうでないとすれば、例えば法律や条令に対し裁判所が違憲という判断を下して無効とするように、この規定自体に重大な瑕疵が存在することを認め、利害のからむ関係者の総意のもと、即座に規定を改正することを前提として今回は規定を無視した独自の判断を下した、という発表がないと、筋が通りません。
 報道では、雷を伴わない雨だけで中断したこと自体が前例がないということを取り上げていますが、選手(および、観客・審判)の安全を保証できないような天候不順ということを理由に中断したのであれば、それが雨だろうが雷だろうが変わらないはずであり、雷で中断した試合が無効になった例がある以上、それはなんら例外的な事情ではなく、中断の判断自体の妥当性を別にすれば、むしろ試合が中断になる原因としては最もポピュラーなものでしょう。
 もう一つ、「(当時)上位2チームの直接対決であり、2点差がついていて、残り時間も16分と短いものであった」ということも問題になりますが、そもそも順位や点差や残り時間というのは、試合を無効にする際に不公平感をもたらす最も大きな要因なわけで、それを考慮して判断が変わるのであれば、最初から「原則として無効試合」などという規定になるはずはありません。したがって、この「原則として」の中には、「その時の順位や点差、残り時間がいかなる状況であっても」という内容は織り込み済みであり、それも例外的な事情にはあたりません。
 そうなると、他に「例外的な事情」として考え得るとすれば、「中断するという判断自体が著しく不当なものであった」ということぐらいしか思いつきません。そして、これを根拠に原則から外れた判断をしたのであれば、この日の審判団による雨天中断の裁定は誤りであったということを公に認めなければ、つじつまが合いません。しかしJリーグ側の主張は、雨天中断の判断は妥当であり、なおかつ今回は諸般の事情を考慮して再開試合とし、さらに、規定自体を改正するつもりは今のところない、というものです。これは、いかなる規定も「後出しジャンケン」でいかようにもねじ曲げることができると認めているようなものです。
 また、たとえ明確な規定があったとしても、今回行った「再開試合」というものには重大な問題があります。というよりも、今回の再開試合がつつがなく行われて結果オーライみたいになったのは、むしろ奇跡的なこと。問題なのは、試合再開時に「同じメンバーで再開しなければならない」という点です。(これも「原則として」なのですが。) ケガの多いサッカーというスポーツにおいて、1ヶ月近く空けて再開する試合に同じメンバーがそろうという保証はどこにもありません。また、他国の代表戦や移籍などで出場できなくなる可能性もあります。今回のJ中断期間に例えばテセが北朝鮮代表の強化試合に招集されていたら、国際的な問題になっていたかもしれません。試合が中断してその日に再開できなかった場合の対応が一般に「無効試合」か「途中までで成立したとみなして打ち切り」かの二択なのは、こういう事情があるからです。そういう意味でも、今回再開試合が実施できてしまったというのは、非常に危険な前例を作ったことになります。
 もう1つ、今回問題になった「原則無効試合」うんぬんの規定を含むリーグ戦のレギュレーションが、Jリーグの公式サイトなどで一般にアクセスできる範囲でどこにも見あたらないというのも、結構重大な問題です。サッカーのルールは、基本的にはFIFAがとりまとめているルールブックに規定されていますが、各大会毎に定めるべきルールというものは当然存在し、その両者を合わせたルールに則って各チームは優勝を目指すわけです。もちろん、(その内容がどこまできちんとしているかは別として)それらの規定は明文化された形で各チームにも周知されているとは思いますが、今回のように規定自体が問題になる場合、それが一般に公開されていないと、何が正しいのかさっぱりわかりません。規定自体が公開されず、その規定の超法規的運用が閉じられた会議で決まっていくような状態では、一般からの理解は到底得られないでしょう。(まあ、AFCとかの方がもっとぐちゃぐちゃですが。)

 この夏には、ガンバには恒例行事となってしまった「ブラジル選手の中東による引き抜き」がまたありました。このままいてくれればどれだけ頼りになったかわからないレアンドロを持って行かれ、他にも名古屋がダヴィをとられたのですが、去年までと違うのは、両チームともその移籍金を有効活用して、速攻で効果的な補強をしたこと。ガンバは新潟からペドロ・ジュニオールを変則的な2段階移籍で獲得し(レンタル中だったのを新潟に完全移籍させてもらった上でガンバに完全移籍)、名古屋は豪代表ケネディと浦和から三都主の獲得。PJはチームに完全になじむにはもう少し時間がかかりそうですが、名古屋はダヴィがさほどフィットしていなかった分、非常にいい補強になったようで。リーグ戦こそ前半の出遅れがあって中位にいますが、ACL決勝トーナメントの日本チーム同士のつぶし合いで勝ち抜けたチーム力はこの補強の効果によるところも大。中東からのオファーの額は、常識ではありえないほど高額なわけで、サッカーを生業としているプロである以上、断れるものではなく、移籍した選手を責めるつもりは毛頭ありません。(途中でいなくなるのは寂しいですが。)ACL決勝では、マグノアウベスとダヴィのいるウム・サラルと名古屋の対戦を観たいものです。本当は名古屋ではなくガンバに残って欲しかったのですが、ACLのRound16の理不尽な一発勝負で負けたおかげで、結果的に日程が楽になってリーグ戦で復調したのも事実。リーグ戦とACL両方というのは難しい...。

 あと、国内では、天皇杯でも先日Jチームの出番が始まりました。ピアノが趣味のGK林君が在籍していたことでも知られる学生の強豪流経大と対戦したガンバは、先制されるも後半突き放して順当に勝利したのですが、浦和が地域リーグの松本山雅FCに負ける波乱がありました。ここで注目は元レッズ社長の日本サッカー協会犬飼会長の発言。2回戦が始まる前には、JFLや地域リーグ、大学チームによるジャイアントキリングを期待すると言っていたのですが、浦和が負けると、松本山雅FCを讃えるのは忘れて、浦和のふがいなさを嘆くばかり...。もちろん「報道では」という注釈付きなので、実際の発言はわかりませんが。
 ガンバは今年はクラブWCもないので、是非Jと天皇杯の2冠を目指して欲しいものです。

 だらだらと長くなったので、代表の話や、世界のW杯予選の話はまたあらためて。ここのところ、仕事以外の時間はTVでのサッカー観戦でかなり占められてたから、ちょっと吐き出してリセットしないと。

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悲しい言葉

たしかに、今、音楽をとりまく状況は実に不幸なものである。

「音楽でやるべきことがなくなった」

加藤和彦氏の遺した言葉が重い。

何を作っても、「彼ら」の心には届かない、そんな絶望感をだれもが背負っている。

その「彼ら」は、本当に想いを届けたい相手なのか。相手を間違ってはいないか。届けるべき想いなんて本当にあるのか。

貧しい時代の形而下の煩悶の中、そんな自問自答が見え隠れする。

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嵐の中の。

 ふとTVをつけたら、台風情報の中継を流している画面の右上隅の文字が目に飛び込んできた。

   双子座 引っ越しには吉の日

 いや、無理だから。

 問題は、今夜19時の静岡の天候。雨は終わってそうだけど、強風が残りそうだからな。サッカーアジアカップ予選の香港戦。延期になったら日程がぐじゃぐじゃに。

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