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長友と安田ミチ

 今朝のインテルーローマ戦で、途中出場で長友がサン・シーロデビューを果たしたそうだ。スナイデルと交代で入った長友のクロスにエトーが合わせてシュート(ゴールにはならなかったが)なんてシーンが起こりうるなんて、1年前W杯直前の日本代表どん底ムードの頃に誰が予想しただろう。

 ところで、2008年の東アジア選手権の頃の日本代表の左サイドバックは誰だったか覚えているだろうか。長友はまだ特別指定選手からFC東京に正式加入したばかりの頃。あの中国のGKに跳び蹴り食らって病院送りになったのは、誰あろう元ガンバ大阪の安田理大である。長友の活躍を思うとき、いつも頭の片隅でチクチクと引っかかるのが安田のこと。

 あの頃は、南アW杯に向けて日本のサイドバックは当時20歳の安田と19歳の内田を中心に回っていくだろうとだれもが信じていた。その安田の前に、突然巨大の壁として立ちふさがったのが、長友である。北京オリンピックの頃はまだ、安田・内田・長友の3人が競い合っているという感じだったのだが、次第に長友の桁外れの怪物ぶりが明らかになってくる。ほとんど反則なレベルの無尽蔵なスタミナと身体の強さ。技術的にはまだ未熟なところはあっても、根本の部分で別格なのは誰の目からも明らかだった。そして、代表のサイドバックのもう1人として生き残ったのは、長友同様一応両サイドともできる安田ではなく、右サイドのスペシャリストの内田だった。ある時期から、安田は代表に呼ばれることはなくなった。
 その手につかみかけた未来を、突然現れた怪物にかっさらわれ、ちょっとやそっとの努力では到底太刀打ちできないと悟った時の絶望感は、想像にあまりある。安田ミチのキャラクターから、表向きはあくまでも明るく振る舞っていたが、クラブW杯をピークにガンバでも下平にレギュラーを奪われるなど長い低迷期に突入したのは、勝手な想像だけど長友の存在により味わった大きな挫折によるメンタル面での不調も大きかったのではないかと思う。(もちろん、加地のケガで長期間不慣れな右をやる等の不運もあったのだけど。)

 その安田ミチも、代表のアジアカップでの活躍や長友のインテル移籍といった派手な話題の傍らで、今年オランダリーグのフィテッセに移籍し、ここまで3試合連続フル出場を果たしている。昨期はガンバでもしっかりレギュラーの座を奪還し、チームの序盤の出遅れから最終的に2位に浮上したシーズンに大きく貢献した。W杯で盛り上がった2010年は、安田にとっては復活の第一歩の年だった。そして、スカウトに認められて海外移籍。迷いはなかったはずだ。長友ほど派手ではないが、安田だってしっかりステップアップしている。
 安田にとって長友の存在は事故のようなもの。年齢の順に長友が先に出現していれば、ただの「超えるべき目標」になっていたはず。そう、安田はまだ若いのだ。まだまだ伸びしろはある。長友級のスタミナは無理としても、安田は安田の武器を磨いて、もう一度日本代表に返り咲いて欲しい。そしてあらためて長友のライバルとして名乗り出て欲しい。

 がんばれ、ミチ。

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