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全てのデザインには意味がある

 たまたまTVをつけたら、NHK教育の「デザインあ」という番組をやっていた。その中で流れていた「じょうろ」のデザインについてのショートアニメーションが非常に示唆に富んでいた。

 じょうろの注ぎ口から水がちょろちょろとしか出ないのを見て、もっとドバッと出た方が効率がいいと考えて、注ぎ口自体をなくしてしまう。すると、水は勢いよく出るようになったが、その勢いで花を痛めてしまう。そこで、花を傷めないためには水を少しずつ注げればいいと考えて、注ぎ口をつけると、水の勢いの問題は解決した。でも、注ぎ口を取りつけた位置より下の水が残ってしまい、それを出すにはじょうろ全体を90度傾けなければならずこれは不便だ。そこで今度は、注ぎ口の根本を本体の低い位置に設置してみると、水が残る不便さも解消された。よし、これからはこのデザインにしようと言って、今あるじょうろを見てみると、実は最初からそのようなデザインになっていた、というお話。

 じょうろややかんに注ぎ口がついているのはみんな知っているが、それが本体の一番下の部分に接続されていることなんか普段だれも意識していない。デザインのポイントとして意識されることもなく、当たり前すぎてわざわざ仕様書に書くまでもないが、「理由があってそうなっている」ことが、身の回りのあらゆる物の中に山ほど存在する。困るのは、なにか新しい機能を追加したり、見た目のデザインを刷新しようとしたりする際に、既存のデザインの意味のあるポイントを意識化できない人が設計に携わってしまうと、「カッコイイけど水が注ぎにくい欠陥じょうろ」のような物を世に出してしまうことがあるということ。購買意欲を喚起するような新機能をやたら盛り込んだ挙げ句、先人の知恵により改善を重ねてきた本来の機能における使い勝手の良さが全て失われているようなダメデザインも今の世の中にはあふれている。

 これは、物のデザインの話だけではなく、組織のデザインやシステムのデザインでも同じ事。何か決められたルールや手順があるけど、それに何の意味があるのかよく分からず、規則に従いルールを守らせようとする側の人に訊いてもその意味を説明できないようなことがある。それを、無意味なルールとして簡単に排除してしまうのはとても危険だ。実は、普段はほとんど意識化されないなんらかの理由があって存在している手順であって、それが失われるとどこかに著しい不便が生じるのかもしれない。
 たとえば、レジの前に不要レシートを捨てる箱が設置してあって(これはいい)、最初から客にレシートを渡そうとせずに客の目の前でレシートをその箱に捨ててしまうバカ店員(これはダメ)がいるようなコンビニでは、そもそも何のためにレシートを渡すというシステムが存在するのかを店側もきちんと理解した上で、店員にもその意味を理解させないといけない。小学校では、自転車が車道では左側を走らないと危険である理由をきちんと教えないといけない。どんなデザインにもルールにも、多くの場合何か理由があり、それが形骸化していると勝手に判断して無視する人の行為こそが、結果的にそれを形骸化させていることが多いのだ。

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幾何大王からの挑戦状#14

読者解答は本日締切です。今回は少し簡単過ぎたかもしれません...。

Angle14_q 「AB=ACの二等辺三角形ABCにおいて,AB上に点D,AC上に点Eがあり,BC=DC,AD=CE,∠CDB=∠CDEのとき,∠CABを求め,その角度となることを初等幾何で証明してください。」


解答締切は本日6/10(金)、送付先は「理系への数学」6月号でご確認下さい。
なお、明日発売の7月号では、「数学パズルにトドメをさす?!」は休載させていただきますが、コラム「幾何大王からの挑戦状」は通常通り掲載していますので、#15もお楽しみに。

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