新連載開始「数学パズルにトドメをさす?!」

 現代数学社の月刊誌「理系への数学」の5月号(4月12日発売)より、新連載「数学パズルにトドメをさす?!」が始まります。毎回、様々な定番パズルを取り上げますが、それを単に紹介するだけでなく、過剰なまでに一般化を試みたり、ある切り口をディープに掘り下げたりと、いろんな角度から新たに光を当てて知的遊戯を繰り広げていく予定です。
 初回は、天秤ばかりを限られた回数だけ使って、何枚かのコインの中の重さの違う偽物を探すという有名なパズルのお話です。

 また、この連載では、毎回記事の内容と連動したFlashコンテンツをWeb上で公開します。今回も、記事で紹介した天秤パズルで偽物を特定する手順を実際に試すことのできるFlashが公開されていますので、覗いてみて下さい。

 Flash置き場はこちらです→「数学パズルにトドメをさす?!」特設ページ(http://www.gensu.co.jp/saito/puzzle/)

 さらに、初等幾何の角度の問題を毎回出題するコラム「幾何大王からの挑戦状」も、同時に連載を開始します。こちらのコラムでは、解答も募集していますので、興味のある方はぜひ挑戦してみて下さい。それなりに難問が出題されるので、挑戦し甲斐(?)はあると思います。

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「UMBRELLA」Taro Yashima

100316_1_2  面倒な仕事が一段落したので、なんとなく毎週見ているテレ東の「世界を変える100人の日本人」の録画を視聴。最後は絵本作家の八島太郎の話でした。その名前にどこかで触れたことがあるようなのに思い出せず、鹿児島出身ということでどこかで聞いたのだろうと思っていたのですが、最後に他の作品の映像が流れた時に疑問が氷解しました。なんのことはない、幼少時に彼の作品(絵本)を読んでいたのでした。それが「UMBRELLA(あまがさ)」。自分の傘を買ってもらって早く差したくてたまらない女の子。なのに、お天気続き...というかわいらしい物語。

 女の子の顔に重なって傘が描かれているその妙に印象的な絵柄もですが、黄色のバックに茶色の白抜きロゴという配色とセットでその表紙が脳に刷り込まれていたようで、小1か小2の頃以来見ていなかったはずなのに、テレビに写ったとたん瞬時にして認知できたのにはちょっとびっくり。
100316_2_2  でも、ネットで調べてみて、新たな疑問が...。自分の記憶にあるデザインの表紙で今出ているのは洋書だけで、日本語版の表紙は絵が全然違うのです。女の子の顔と傘という構図は同じなのですが、日本語版の方は全面水彩のソフトなタッチになっており、配色も洋書版の黄色と茶色のインパクトのあるものではなく、ももいろ(主人公の名前も「モモ」です)を基調とした淡い色彩となっています。さすがに、表紙に違う画家の絵を使うなんてことはないはずなので、どちらも八島太郎の描いたものなのだとすれば、日本語版の方は、後年新たに描き直したものなのでしょうか。子供の頃に読んでいたのは、少なくとも中身は英語ではなかったはずなので、表紙が書き直される前の初期の日本語版だったのかもしれません。中の絵柄がどちらの表紙に近いものだったかはさすがに思い出せませんが...。

 久々に読んでみたくなりました。大阪に住んでいた頃以来見かけてないから、もう実家にはないのだろうけど。

 いま急に思い出したこと。この黄色と茶色の配色は、家で飼っていた熱帯魚のえさの容器の配色と同じで、よく目にする配色として印象に残っていたのでした。記憶の奥底にはいろんなものが隠れているものです。先日実家に帰った時に買いに行かされた熱帯魚のえさも、当時と同じ「TetraMin」。○十年間ずっと変わらない独占ブランド。

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「前巷説百物語」京極夏彦

 あの「御行の又市」の始まりの物語である。キーワードは「青臭さ」。裏の世界で割り切って生きている連中とは違い、この小股潜りの小悪党は勘定の合わないこと、すなわち世の理不尽にがどうしても気にくわない青臭さがあった。その青臭さこそが、他の悪党たちとは一線を画した道理で行動する又市たちの「仕掛け」の原点なのだ。
 思えば、妖怪シリーズの「京極堂」こと中禅寺の憑物落としにしても、その底流には物事をよりよい形に収めたいという青臭い思いがある。(ちなみに、昨年末に「邪魅の雫」まで読了。) ただ達観しているだけなら、わざわざ出張って行って憑物落としなんかしないのだ。人の心の暗部を描きただ絶望するのではなく、片や、まやかしを見せることで、片や、まやかしを落とすことで、ゆがんだ状況をより「勘定に合う」状態になんとかして持って行こうとする主人公(たち)の想いが背後に感じられるからこそ、この両シリーズは魅力的なものであり続けるのであり、その主人公の青臭さの原点を描いたこの作品は、心の闇が物語世界以上に現実世界で表出しているこの世の中に対する作家の決意表明なのかもしれない。

 この物語の舞台は江戸の町だが、あまり表立って語られることのない江戸の社会の仕組みの影の側面も背景としていろいろ描かれており、勉強になる。関わりなく生きている者から見れば、今の時代とはつながりがないと思われることでも、その歴史を背負って生きている者にとっては間違いなくそれこそが自分たちの歴史なのだろう。そういうことを一度はきちんと理解しておくことも大切。

 ところで、物語とは関係ないのだが、最近気になるのは文庫本の巻末にある「解説」。これを、明らかにその作家の本をほとんど読んだことのない人物が書いていることがとても多いのだ。そもそも、本の内容は読んでわかればいいのであって、古典でもない限り解説という物の存在意義自体が不明なのだが、どうせいらない解説なのであれば、そのシリーズをよく知っている人の当たり前の解説ではなく、初めてその作家の本を読んだ人に感想文を書かせてみる方が面白いという、編集者の思惑なのかも知れない。でも、シリーズ物の最新作で、なおかつ物語中の時系列としては、全ての発端となる物語を、この作品だけ切り離して読ませて書かせた感想文を読まされても、読者は困惑するばかりである。今回の解説の筆者が、ラストの「御行奉為」がシリーズの又市の決め台詞で、それがまさに最初に発せられた瞬間であるということを理解して書いたとは到底思えないのだ...。
 以前読んだ森博嗣や東野圭吾の本の解説では、「この人、明らかにこの作家のこと嫌いだよね?」というような解説もあり、なんでそんなものを読まされないといかんのだと憮然とした記憶がある。まあ、たまに「この人にこの本の解説を頼んだらこんな面白い文章を書いてきた」という「アタリ」の解説もあるから、編集者は当たるも八卦でいろんな人に依頼しているのだろうけど...ねぇ。

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「孤宿の人」宮部みゆき

 帰省の往復の飛行機で読んでいたのは、宮部みゆきの時代小説「孤宿の人」。いやあ、この人はうまいね、本当に。いろいろ思うところのあった帰省をはさんで読んだということもあるのだけど、ラストのあたりでは涙腺の決壊したジジイと化してしまいました。

 この人の作品は人に対する愛情に満ちているのだけど、魅力的な登場人物たちに必ずしも(現世での)ハッピーエンドは用意されていないわけで、冷静に考えると物語の作者というものは、どれだけ残酷な神なんだとも思います。この作品でも、一番感情移入されるであろう2人の人物にああいう結末が用意されていますが、物語を設計する冷徹で緻密な構成力と、組み上げられた世界をあらためて愛情豊かに描く表現力を併せ持っているからこそ、この作者は傑作を生み出し続けることができるのでしょう。
 この作品では、主人公の少女を中心とした物語の背景として、ある町でおきた民衆による騒乱〜大火という悲劇が描かれています。一人一人はそんなに悪い人たちではないのだけど、ちょっとした掛け違い、ちょっとした無理解、愚かしさ、身内意識などが積み重なってねじ曲がって誰も望んでいない悲劇を引き起こすプロセスは、「悲劇」の一つのステレオタイプとはいえ、匿名での尖った言葉の飛び交う今のネット社会を見ると、実は非常に現代的なテーマでもあります。

 当代きっての語り部の名作、全ての人にお勧めです。

 実は、昨年買って読まずに放置している本が2冊あります。
 1冊は、グイン・サーガの最新刊にして最終巻。他の巻と比べ半分ぐらいの厚さの本を手に取ったとき、その意味するところにあらためて寂寥の思いが募り...。栗本氏の死後、この前に既に3巻の新刊が発売されており、それも読み始めるまで少しためらいがあったのですが、最後まで見届けないとと思い、ここままで読んできました。が、その3巻の中でも登場人物の運命は大きく転換し、これからどうなっていくんだろうという本来なら期待感となるところが全て喪失感となり、そして迎えた最終巻。未だ、最後のページをめくるに至るプロセスを踏む勇気が沸いてきません。もう少し、自分の心が弱っていないときに、穏やかな気持ちで読みたいと思います。
 もう1冊は、東野圭吾の「赤い指」。この人のミステリーは一通りは読んできているのですが、近年は「殺人の門」「レイクサイド」「さまよう刃」といった、ただひたすら悲惨で、救いのない物語、そしてそれがいつ自分の日常に降りかかってくるかわからないのだということを認識させようとするある種の社会派ミステリーが多くなってきています。でも、さすがにそういう小説を読むのはもういいかなと思うようになってきました。同じように救いのない事件は現実社会でも次々と起きています。それを他人事とは思わずに自分の周辺に置き換えて考えることは大切だと思いますが、小説という形でその悲惨さだけを繰り返し追体験するというのは、不必要な「不幸の拡大再生産」のような気がするのです。「容疑者X〜」はそれでもなんとか読めたのですが、つい今までの習慣で文庫の新刊が出たので条件反射的に買って、途中まで読んで後悔したのが、この「赤い指」。そんなに読書に時間もとれない今、気が進まない本を読むのももったいないので、読むのをやめました。(もちろん、作品としてダメという意味ではなく、私個人が勝手に食傷しているだけです。)

 それにしても、一週間ぐらいのんびり読書に専念できるような贅沢な時間はいつか来るのだろうか。今はあまりにも穏やかさから程遠い...。

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ヤーンの時の時

栗本薫が死んだ。
グインやイシュトバーンやリンダの物語を連れて
ナリスと清志郎のもとに旅立ってしまった。
突然不条理な終焉を迎える物語。
覚悟はしていたが共に歩んだ読者には受け入れ難い現実。

物語の世界に生きていた人だから
第一に物語の未来の消滅を悲しんでもバチはあたるまい。
もう書かなくてもいいからお疲れさまとはいわない。
向こうで好きなだけ続きを書いてくれ。

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ネットでの怪しい商売

 いろんなことを考える人はいるものです。

 2/25付けで拙著「ラングレーの問題にトドメをさす!」が発売になりました。本の流通のことは未だによくわからない部分があるのですが、各書店への配本を発売元の出版社が行うのは不可能なので、業界で「取次」と呼ばれる専門の業者に委託して、実際の配本は取次さんのさじ加減で行われます。3/1の時点で、Amazonでは「一時的に在庫切れ」という扱いになっていますが、これはおそらくまだ取次からの配本が届いていない状態だと思われます。新刊書であり、発売元にも在庫があるので、これは本当に一時的な状態で、発注して頂いた方の手元にもまもなく届けられるとは思うのですが、その谷間のタイミングを狙って、怪しい出品がなされているのを発見しました。

 「『新品未読』の未使用品」と銘打った商品が、「中古商品−ほぼ新品」という範疇で出品されています。しかも、新品の発売価格税込み2,835円に対し、その新古品は5千円以上もします。そもそも、まだほとんどの書店で店頭には並んでいない状況であることを考えると、これはAmazonの「在庫切れ」の表示を見て、入手困難品と判断して、新品として入荷した商品をダメ元でプレミア価格をつけて売ってしまおうという、書店主導のセコイ商売であることを疑わざるを得ません。

 どう考えても、発売即完売になるような派手な本ではありませんので(笑)、通常価格より高い新古品などというものに間違っても手を出さないようご注意下さい。入荷時期の明記されていないネット通販が不安なのであれば、出版社から直接取り寄せる方法もあるようです。(詳しくはこちらをご覧下さい。)

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「ラングレーの問題にトドメをさす!」特設ページ公開のお知らせ

今週発売になる拙著「ラングレーの問題にトドメをさす!」のネット上付録となる公式の特設ページを、発売に先行して公開します。
http://www.gensu.co.jp/saito/langley/

ラングレーの問題の一連の類題(4点角問題と呼んでいます)の1変数の系列の挙動をFlashアニメーションとして観察できます。これまでもこれらの問題の証明探しに取り組んでいた方には、いろいろヒントになる部分もあるかもしれません。そうでない方も、各系列の変化を眺めているだけでも結構面白いので、是非一度ご覧下さい。(もちろん、詳しい解説は本の方に(笑))

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「蘭愚麗山の幾何大王」公開!

090217 今回の著書と直接リンクしているわけではありませんが、ラングレーの問題に関する軽めのFlashコンテンツを、現代数学社さんの御厚意により公開させて頂きました。
 タイトルは「蘭愚麗山の幾何大王」。お気楽な外見とは裏腹に、実は真面目に証明しようとしたら超難問という(毎回異なる)図形問題が出題される、「羊の皮を被った狼」仕様となっています。
 とはいえ、ゆるいキャラが出すゆるい算数ヒントや、実際の図から予想される角度から、結構ヤマカンでも答えは当たる(笑)ので、あまり真剣に考えずに、(凝り過ぎのキャラにツッコミをいれつつ)一度覗いてみて下さいませ。勘のいい人には、実はDEEPな世界が背後にあることにも気付けるような作りになっているので、ここからこの一連の問題群に興味を持って頂けると、それはまたうれしいことです。
 なお、本の正式な特設ページもまもなく公開しますので、もうしばらくお待ち下さい。

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「ラングレーの問題にトドメをさす!」発売日変更のお知らせ

 先日お知らせした、新刊「ラングレーの問題にトドメをさす!」の発売日が、最終的に2/25となりました。(書店によっては、店頭に並ぶ日は前後します。)
 前回お知らせした日より1週間ほど遅くなり、ここを見て期待されていた方にはお待たせすることになってしまい申し訳ありませんが、某ゲームソフトのような大幅な延期は起こらないので、もうしばらくお待ち下さい。
 なお、まもなく出版にさきがけてネット上でいくつかのサブコンテンツを先行公開できると思います。

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入稿〜帰省〜バレエ

 年末からバタバタしていた2月発売の本の原稿は、1/5の朝にようやく表紙デザインも含め完成し、無事入稿。今は白焼校正紙や表紙の試し刷りも届き、15日頃までに校正済みの最終原稿を入稿したらいよいよ本刷りである。白焼は、16ページずつの実物サイズの冊子になっているので、実際の本の形にさらに近づいてきて、なんかうれしい。これから細かい表現やタイプミスの修正は入るものの、現状でもそんなにクオリティは低くはないので、ともかく出版するために必要な最小限のデータは吐き出し終えたという安堵感で、今はちょっと腑抜け状態である。今回は組版を自分で行ったので、全てのデータを抱えたままの状態でギリギリまで図版類を作成していた1/4までのプレッシャーは半端じゃないものがあった。精神的なコンディションだけでなく、頭痛、めまい、不眠、全身神経痛、指先のしびれなど、体中に変調をきたしていても、寝込んでしまったらアウトというのがさらにプレッシャーになるという悪循環。しかし、脱稿してみると、体調不良のほとんどがそのプレッシャー自体が原因だったことがよくわかる。ともかく、心臓と脳の血管が最後まで持ってくれたのが、なにより。

 5日の入稿後、今さらながら冬支度の買い物に出かけ、6〜8日は鹿児島の実家に帰省。この歳になると、いろいろ重たい話もあるのだけど、可愛い姪たちの成長に目を細め、初詣やら親戚への挨拶やら墓参やらを済ませ、夜中まで母の愚痴を聞き、父のパソコンのサポート業務をさせられ、なんだかんだとそれなりに有意義な時間を過ごす。父は、病気と闘うのではなく、あくまでも自分の音楽活動で闘い続けているようで、それはそれで大変だけどよいことなのだろう。

 8日は、午後の飛行機で帰京後、部屋に荷物を置いて着替えてそのままBunkamuraオーチャードホールでのバレエ観劇初体験に友人と出かける。ひょんなきっかけで入手したチケットは、レニングラード国立バレエの「ジゼル」。草刈民代客演の回ではなかったので、時間差で買っても連番が取れたぐらいに空いてはいたのだけど、おかげで非常に良い席で新年にふさわしい素晴らしい物をみせてもらった。生のオーケストラの演奏に、個々の踊り手の繊細かつダイナミックな動き、そして、舞台を大胆に切り取る空間芸術としての群舞。バレエなんて子供の頃にテレビで見て退屈だと思った記憶しかなかったので、本当はこういう芸術だったのだとあらためて認識。
 年末は忘年会の類いも一切断って原稿書きをしていたので、観劇後の新年会は約2ヶ月ぶりぐらいのアルコール。(実家でもまだ体調が戻ってなかったので、酒は控えていたのだ。)

 そんな感じで(ガンバの天皇杯制覇に始まり?)久々にポジティブな要素の多い年明けになったのだが、さすがに昨日今日は電池切れを起こしてダラダラと過ごしてしまった。(おかげで、読みかけだった宮部みゆき「日暮らし」は読破できたけど。心に染みる部分の多いこれまたいい作品。)本当は今月はこれからが大変。本の締切のために先送りにしていた全ての仕事を自転車操業で乗りきっていかないといけないのだ。それに加えて、本の出版に向けてもう一押しやっておきたいこともいくつかあるのだが、まずは、明日締切の仕事が、全然進んでない...ヤバイ。これからもう一度潜伏モードに入って、次に再浮上できるのはいつだろう。(今年はなるべくこまめに浮上したいとは思うのだが。)

 さて、再び現実に戻るか。


追記:「ラングレーの問題にトドメをさす!」(2/172/25発売)の価格が¥2,700(+消費税)に決定。がんばってコストを押さえて、なんとか¥3,000以下の価格設定にこぎつけました。(発売日が2月25日に変更になりました。2/15記)

追記2:鹿児島城西が高校サッカーで決勝に進出したようである。父の書いた校歌は放送で流れるのだろうか。

追記3:仕事上の期の始めは、今年も7/1の予定。2008-2009シーズンの上半期は本を一冊仕上げたので、下半期はまずはレギュラーな仕事をがんばらねば。

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